フィリピン 進出

フィリピン・第9回【税務編】移転価格税制とBIR Form 1709 — 本社との取引が3年後の調査で追徴される構造

フィリピンでBIR税務調査(BIR Audit)を受けた日系子会社の指摘事項で、近年最も件数が増えているのが 移転価格(Transfer Pricing, TP)です。本社との出向者給与の負担、ロイヤルティ、技術指導料、グループ内貸付、シェアードサービス費——これらすべてが調査の対象です。

フィリピンTP税制の枠組み

  • 根拠法令:BIR Revenue Regulations 2-2013、Revenue Memorandum Order 1-2019
  • 基本原則:独立企業間原則(Arm’s Length Principle)
  • OECD移転価格ガイドラインに準拠
  • 対象:関連者間取引(Related Party Transactions, RPT)

BIR Form 1709 — 関連者間取引情報申告書

  • 対象:一定の閾値を超える関連者間取引を有するすべての法人
  • 添付:年次法人税申告書(ITR)に添付
  • 内容:関連者の特定、取引区分(物品、サービス、無形資産、金融取引)、金額、価格設定方法

TP文書化義務(BIR RMO 1-2019)

以下のいずれかに該当する企業は、マスターファイル+ローカルファイル+Form 1709 の3点セットを保管する義務があります:

  • 関連者間取引の年間合計がPHP 9,000万を超える
  • 法人売上高がPHP 1.5億を超え、かつ関連者間取引がある
  • 関連者からの貸付・借入の元本残高がPHP 5,000万を超える

文書は調査時に提出を求められ、提出できなければ追徴課税の根拠となる比較対象を税務当局側が決定できます(多くの場合、納税者に不利な水準で)。

典型的な指摘事例 — 4類型

類型1:出向者給与の本社負担分

日本本社が出向者の給与の一部を本社で負担し、フィリピン子会社に請求しないケース。

  • BIRの指摘:「フィリピン側で受益した労務サービスに対して対価が支払われていない=損金過大計上=本社からのみなし配当」
  • 対策:出向者の業務内容に応じた費用配分の文書化、Cost Plus法による請求書発行

類型2:無形資産使用料(ロイヤルティ)

ブランド使用料、商標、技術ノウハウのロイヤルティ。

  • BIRの指摘:「独立企業間価格の立証不十分」「無形資産の所有関係・開発貢献の文書化不足」「DEMPE分析の欠如」
  • 対策:ロイヤルティ料率のベンチマーク分析、ライセンス契約書の整備、DEMPE(開発・改良・維持・保護・利用)機能分析の文書化

類型3:グループ内貸付の利率

本社または地域統括会社からのグループローン。

  • BIRの指摘:「無利息または市場金利を著しく下回る金利=みなし配当または利息収益の過少計上」
  • 対策:信用格付に基づく市場金利のベンチマーク、契約書の整備、Thin Capitalization Ruleへの留意

類型4:シェアードサービス費(IT、経理、人事)

本社または地域統括拠点(RHQ/ROHQ)からのサービス対価。

  • BIRの指摘:「サービスの実態証明不足」「Cost Pool構成の不明確」「Benefit Test未充足」
  • 対策:サービスレベル契約書(SLA)、コスト割振り根拠の文書化、Benefit Test(受益証明)の準備

APA(事前確認制度)の活用

フィリピンにはOECD型の正式APA制度は限定的であり、実務上はBIR ruling等による個別対応が中心で、BIR Rulingを通じた事前のTP取扱い確認が一定範囲で可能です。大型のグループ内取引(年間PHP 5億超)を行う日系企業では、不確実性低減のために検討の価値があります。

防衛策 — 実務チェックリスト

  1. 関連者間取引のリスト化:四半期ごとに棚卸し
  2. Form 1709の年次正確性:申告書添付前のレビュー
  3. マスターファイル/ローカルファイル:年次更新、変更点のドキュメント化
  4. ベンチマーク分析:3〜5年ごとに更新、業界・地域・規模の比較対象を文書化
  5. 関連者間契約書:価格設定方法、取引条件、当事者の機能・リスクを明記
  6. DEMPE分析:無形資産がある場合は必須
  7. Benefit Test:本社サービスを受けた根拠の文書化

調査対応の鉄則

  • 調査通知(Letter of Authority, LOA)受領から30日以内に文書化レビューを完了
  • 調査官の質問への口頭回答は避け、書面で回答
  • TP専門家の早期関与(追徴額の予測と防衛戦略)

まとめ

「本社との取引だから市場価格を意識していなかった」が通用しないのが、フィリピンの現実です。3〜5年遡及で追徴課税+25%のサーチャージ+年率12%の延滞利息が発生すると、当初の節税効果を大きく超えるダメージとなります。