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フィリピン・第7回【労務・ビザ編】採用から退職までの労務コンプライアンス — 給与30,000ペソの実コストを分解する
「フィリピンは人件費が安い」は半分本当で半分は誤解です。基本給だけ見れば確かに低いですが、法定強制給付(Mandatory Benefits)と13ヶ月給与を加えると、実コストは給与の1.25〜1.35倍 になります。さらに解雇規制が厳格で、安易な人員整理は、数百万ペソの和解金リスクを抱えます。
目次
法定強制給付の全容(2026年版・概算)
スタッフ給与PHP 30,000/月(年36万ペソ)のケースで分解:
| 項目 | 雇用主負担(月) | 備考 |
|---|---|---|
| 基本給 | PHP 30,000 | |
| SSS(社会保険) | 約PHP 2,400 | 給与に応じて変動、雇用主負担は約9〜10%(制度改定により上昇傾向) |
| PhilHealth(医療保険) | 約PHP 750 | 給与の5%を労使折半(2.5%+2.5%)、上限あり |
| Pag-IBIG(住宅基金) | PHP 200 | 雇用主上限PHP 200 |
| 13ヶ月給与(按分) | PHP 2,500 | 月次按分 = 基本給÷12 |
| 合計実コスト | 約PHP 35,850 | 給与の約1.20倍 |
これに加えて、有給休暇、祝日手当、退職金(永年勤続)、健康診断、HMO(民間医療保険、ほぼ標準装備)を加えると、実コストは給与の1.30〜1.40倍 に達します。
13ヶ月給与(13th Month Pay)
- 法的義務:労働法(PD 851)により全民間企業に義務
- 計算式:暦年(1〜12月)の基本給合計 ÷ 12
- 支給期限:毎年12月24日まで
- 対象外:原則として全従業員が対象であり、管理職であっても基本給部分については支給対象となるのが一般的。
- 税務:PHP 90,000以下は非課税、超過分のみ課税
SSS(Social Security System)
- 民間雇用者の社会保険
- 雇用主負担と従業員負担の合計で給与の14%(2025年以降、段階的に15%へ)
- 雇用主負担分が大きい(約9.5%)
PhilHealth
- 国民健康保険
- 給与の5%(労使折半、各2.5%)
- 上限賦課額あり
Pag-IBIG(HDMF)
- 住宅基金、強制積立
- 雇用主負担は月PHP 200で固定(上限)
有給・休日制度
- Service Incentive Leave(SIL):1年勤続後、年5日の有給休暇
- Regular Holidays:年12日、休んでも給与100%支給。働けば200%
- Special Non-Working Days:年数日、働けば130%
- 多くの企業は法定を超える有給を任意で付与(年10〜15日が一般的)
解雇規制 — Just Cause / Authorized Cause
フィリピン労働法はat-willではないため、解雇には法定事由が必須です。
Just Cause(労働者の責による解雇)
- 重大な不正行為
- 職務命令への意図的な不服従
- 重大な職務怠慢
- 詐欺・信頼関係の重大な侵害
- 企業・同僚への重大な犯罪行為
→ 退職金支払い義務なし。ただしTwo-Notice Rule(事前通知+弁明機会+決定通知)の遵守が必須。手続違反は解雇無効+復職命令+未払賃金(バックウェイジ)支払いリスク。
Authorized Cause(経営上の解雇)
- 余剰人員整理(Redundancy)
- 人員削減(Retrenchment)
- 事業閉鎖
- 重病による就労不能
→ 退職金支払い義務あり:勤続1年あたり月給1ヶ月分(Redundancy・閉鎖)または月給0.5ヶ月分(Retrenchment)。さらにDOLEと従業員への30日前通知が必要。
Endo(End of Contract)規制
短期契約の繰返しによる正規雇用回避(いわゆる「Endo」「555制度」)はDOLEから厳しく監視されています。6ヶ月を超える契約や、同一業務への反復契約は正規雇用とみなされる リスク。労務サービス会社(manpower agency)の活用も、Department Order 174の要件を満たさないと「ラベル付け契約」として無効化される可能性があります。
典型的な労務トラブル
- Two-Notice Ruleの軽視:書面手続を省略した解雇で、和解金PHP 50万〜100万を支払うケース
- 13ヶ月給与の計算ミス:賞与・歩合等を含めず基本給だけで計算 → 後年の未払訴訟
- HMO(民間医療保険)の未付与:法定ではないが事実上の標準。離職率に直結
- マネージャー職の労働時間管理:「管理職だから残業代不要」と誤解した結果のクラスアクション
まとめ
フィリピンの労務コストは「基本給×1.3」「解雇は実質的に退職金次第」と覚えておくのが安全です。社内人事規程(Employee Handbook)の整備、就業規則のDOLE提出、人事評価制度の文書化は、進出初年度から手をつけるべき投資です。
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