シンガポール 会社法

シンガポール会社法における役員報酬の取扱い ― Director’s Fee と Director’s Salary の違い、株主総会承認の要否 ―

はじめに

シンガポール現地法人を運営する日系企業から、Directorに支払う報酬の法的な位置づけについてご相談をいただくことが少なくありません。今回は、実際にお受けしたご相談をもとに、シンガポール会社法上の「Director’s Fee(役員報酬)」と「Director’s Salary(役員給与)」の違い、および株主総会承認の要否について解説します。

Director’s Fee と Director’s Salary の違い

シンガポールでは、取締役に支払われる金銭は、その性質に応じて次の2つに区別されます。

Director’s Fee(役員報酬)

  • 取締役としての職務(取締役会への出席、経営に対する監督機能等)に対する報酬
  • シンガポール会社法上、支払いには株主総会での承認が必要

Director’s Salary(役員給与)

  • CEOやManaging Directorとして日常の経営・業務執行を行うことに対する給与
  • 雇用契約に基づいて支払われる給与であり、株主総会での承認は不要

つまり、同じ「取締役への支払い」であっても、取締役という地位に対する対価なのか、業務執行という役務に対する対価なのかによって、法的な取扱いと必要な手続きが異なります。

なぜ区分が生じるのか ―「二つの帽子」理論

シンガポール法(英国法系)では、取締役は本来「会社の機関・役職(office)」の保有者であり、当然には従業員ではありません。取締役会への出席や経営監督は、雇用契約がなくても会社法と定款に基づいて負う職務です。この「地位」に対する対価がDirector’s Feeです。

一方、Managing DirectorやCEOのような業務執行取締役は、それに加えて雇用契約(service agreement)を会社と結び、日常の経営執行という「労務」を提供します。つまり同一人物が「役員」と「従業員」という二つの帽子をかぶっており、対価もそれぞれ別の法的根拠から発生する、というのが区分の出発点です。

株主承認が Director’s Fee にだけ要求される理由

Director’s Feeの金額を決めるのは実質的に取締役自身であり、自分の報酬を自分で決めるという利益相反の構造があります。そこで会社法は、株主総会の承認というチェックを噛ませて自己取引的な報酬決定を牽制しています。

他方、雇用契約に基づく給与は「経営判断の一環としての人件費」であり、取締役会の業務執行権限の範囲内と整理されるため、株主承認は不要とされます。

実務的な実益

区分によって実際に取扱いが変わる主な場面は次のとおりです。

  • 手続き負担:Feeは毎年(または枠として)株主総会決議が必要ですが、Salaryは雇用契約で完結します。日本の親会社が100%株主の場合でも、Feeなら形式的に株主決議書を作成する必要があります。
  • CPF(法定強制積立年金):Salaryはシンガポール国民・永住者についてCPF拠出の対象ですが、Director’s FeeはCPFの対象外です(CPFの拠出率は、年齢帯により異なりますが、たとえば、55歳以下ですと、賃金に対して、会社負担率17%、本人負担率20%、合計37%です)(注1)。
  • 非居住者への源泉徴収:日本本社から派遣され非居住者のまま役員を務めるケースでは影響が大きく、非居住取締役へのDirector’s Feeは、支払時に源泉徴収(現行24%)が必要です。一方、給与所得は、別の課税ルール(非居住者の雇用所得課税)に従います(注2)。日系企業では、ここが最も実益の出やすいポイントです。
  • 課税タイミング:Feeは株主総会で承認された時点の属する年度の所得とされるのに対し、Salaryは役務提供に応じて発生時に課税されます。
  • 支払義務の性質:Salaryは契約上の債務なので業績にかかわらず支払義務がありますが、Feeは承認ベースであり、赤字年度には支給しない・減額するといった柔軟な設計がしやすい面があります。
  • 雇用法上の保護:雇用契約に基づくSalaryを受ける者にはEmployment Act等の労働法制が及び得ますが、Feeのみの非常勤取締役は原則として従業員ではありません。

注記

(注1)なお、CPF Boardは、支払の名目ではなく実質を見ます。Directorとして日常的に業務執行を行い、雇用契約に基づいて働いている人への対価を「Director’s Fee」と名付けて払っても、それは実質的に賃金(wages)であり、CPF拠出義務を免れません。実態が給与なのにFeeとして処理してCPF拠出を怠ると、CPF法違反として遡及的な追納、延滞利息、罰則の対象になり得ます。CPF拠出の対象外として整理できるのは、非常勤・非執行取締役のように、雇用関係がなく純粋に取締役としての職務(取締役会出席・監督)だけを行っている場合です。

(注2)非居住Directorに払うFee=支払時に一律24%の源泉徴収・申告で完結、Salary=源泉徴収なし・役務提供地で課税判定・15%または累進・申告賦課方式、という別のトラックに乗ります。日本本社側にいるまま、名目的にDirectorに就く場合は、Fee側のトラックしか使えないことが多く、逆に、シンガポールに赴任して実際に経営執行するなら、Salary側のトラックになる ― この振り分けが、日系企業にとって実益の出やすいポイントです。なお、注意点として、非居住者の短期滞在免税(暦年60日以下の勤務は免税)は、Directorには適用されないなど、Directorには従業員より厳しい特則があります。個別のケースでは、滞在日数・職務内容・条約適用の検討が必要になるため、税務専門家へのご確認をおすすめします。

【ご参考】日本の制度との違い

日本において、使用人兼務取締役に対して役員報酬と使用人給与分をそれぞれ支給する場合がありますが、その制度とシンガポールの制度の構造との違いがあります。

1. 出発点となる法律関係が逆

日本では、取締役と会社の関係は雇用ではなく委任(会社法330条)であり、取締役としての職務執行の対価は経営執行を含めてすべて「役員報酬」として会社法361条の株主総会決議(お手盛り防止のため、株主総会決議を要求)の枠に入るのが原則です。

そこから例外的に、「部長」「工場長」といった使用人としての職制上の地位を兼ねる場合に、その使用人部分の給与だけを切り出せる、というのが使用人兼務役員の構造です。

シンガポール(英国法系)は逆で、office(役職)とemployment(雇用)はそもそも別個の法律関係であり、業務執行の対価は、雇用契約に基づくSalaryとして最初から株主承認の外にあります。株主総会がコントロールするのは、取締役という地位そのものへの対価(Fee)だけです。

つまり、日本は「原則すべて株主承認枠、使用人部分だけ例外的に外せる」、シンガポールは「原則雇用契約で完結、地位への対価だけ株主承認」という、鏡写しのような構造です。

2. トップマネジメントの扱いが真逆

ここが実務上最も大きな違いです。日本の法人税法上、代表取締役、副社長、専務、常務など経営の中枢にある者は、使用人兼務役員になれません。経営トップの執行対価は、使用人給与に逃がせず、全額が役員報酬として株主総会の承認枠と税法上の損金規制(後述)に服します。

一方、シンガポールでは、まさにそのDirector・CEOの業務執行の対価こそが雇用契約ベースのSalaryであり、株主承認不要です。日本の感覚で「代表取締役の報酬なのに株主総会を通さなくてよいのか」と不安になる日系企業が多いのですが、制度の建付が逆なので問題ありません。

3. 税務による規律の有無

日本では、役員給与は、定期同額給与・事前確定届出給与・業績連動給与のいずれかに該当しないと損金不算入(法人税法34条)という強い規制があり、利益調整的な支給を税法サイドからも縛っています。使用人兼務役員の使用人分給与は、この規制の外で損金算入できるため、「どこまでを使用人給与にできるか」が税務上の重要論点になります(過大部分の否認、賞与支給時期の恣意性などが典型的な調査ポイントです)。

シンガポールには定期同額のような損金算入規制は基本的になく、FeeもSalaryも事業上の費用として原則損金算入可能です。代わりに、区分の実益は、CPF拠出、非居住者への源泉徴収、株主承認手続といった場面に現れます。

つまり、日本は「区分が法人税の損金性を左右する」、シンガポールは「区分が手続き・社会保険・源泉を左右する」という違いです。

4. 株主総会決議の実務

日本では、株主総会で役員報酬の総額枠を決議する際に「使用人兼務役員の使用人分給与を含まない」旨を明示し、かつ使用人給与の支給体系が他の使用人と同基準であることを整えておくのが定型実務です。シンガポールでは、そもそもSalaryは決議事項に載らず、Feeについてだけ毎年の定時株主総会で承認(または枠承認)を取るのが定型です。

まとめると、日本の使用人兼務役員は「役員報酬という大きな枠から使用人部分を例外的に切り出す制度」、シンガポールのFee/Salary区分は「もともと別物である地位への対価と労務への対価を確認的に区別する制度」であり、似て非なるものです。特に「経営トップほど日本では枠に入り、シンガポールでは枠の外」という逆転は、日本本社の株主決議実務をそのまま持ち込むと混乱しやすいポイントです。

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※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法的助言を構成するものではありません。また、出稿当時の状況で記載しております。最新の実務をご確認いただくか、具体的な案件については、専門家にご相談ください。