シンガポール ビザ・就労関連

シンガポールの就労ビザ(EP・S Pass)更新・切替の落とし穴 -2026年〜2028年の基準引き上げを見据えた実務ガイド-

本記事はシンガポール人材開発省(MOM)の公開情報(2026年8月時点)に基づきます。基準は毎年見直されるため、実際の手続きの前には必ずMOM公式サイトおよびSelf-Assessment Tool(SAT)で最新値をご確認ください。

目次

1. 大前提:更新は「自動更新」ではなく「再審査」

まず押さえるべき最重要ポイントは、EP・S Passの更新は既得権の延長ではなく、申請時点の基準による再審査であるということです。MOMも更新について「保証されるものではない」と明記しています。

つまり、

  • 前回通った条件が、今回も通る保証はない
  • 本人の給与・年齢だけでなく、会社側の状況(後述のCOMPASS C3/C4、S Passのクォータ)でも落ちうる
  • 基準は年1回程度のペースで引き上げられている

という前提で、更新の半年〜1年前から準備するのが実務的です。

2. EPとS Passの構造的な違い

Employment Pass(EP) S Pass
対象 管理職・専門職・幹部(PMET) 中技能職(Associate Professionals & Technicians)
給与基準 現行 月S$5,600〜(金融 S$6,200〜) 現行 月S$3,300〜(金融 S$3,800〜)
ポイント制(COMPASS) あり(40点必要) なし
クォータ(DRC) なし あり(サービス業10%、製造等15%)
レビー(外国人雇用税) なし あり(月S$650)
更新後の有効期間 最長3年(更新時) 通常2年

この違いが更新・切替の難易度を決めます。EPは「本人と会社のプロファイル」で落ち、S Passは「給与とクォータ・レビー」で落ちる、と整理すると分かりやすいでしょう。

3. 手続スケジュールの注意点

3-1. EPの場合

項目 内容
申請開始時期 有効期限の6か月前(180日前)から可能
期限 失効日より前に申請が必要
申請主体 雇用主または委任した人材紹介会社(EA)
申請方法 myMOM Portal
処理期間 通常10営業日以内に結果または連絡
更新後の期間 最長3年
費用 発給費 S$225(別途マルチプルジャーニービザ S$30)
IPAの有効期限 3か月

3-2. 実務上の注意

  • 早期申請しても損はしない。更新後のパスの起算日は現行パスの失効日からとなるため、残存期間が消えることはありません。
  • 期限を過ぎると「新規申請」扱いになります。更新ではなく新規となると、EPの場合はFCF(Fair Consideration Framework)に基づくMyCareersFutureでの14日間の求人広告掲載が必要になるなど、要件と所要期間が変わります。
  • IPA発行後の放置は厳禁。IPAまたは現行パスのいずれか早い方の失効前に発給手続きを完了しないと、オーバーステイの罰金対象になります。
  • 申請前に自社の過去3年分の売上情報がMOMに更新されているかを確認してください(EP更新の前提条件)。
  • 学歴のverification(資格認証)は一度済ませれば更新時や転職時に再提出不要です。
  • 海外出張・長期休暇の予定がある場合は、出国前に更新を完了させるのが安全です。
  • EP(Sponsorship)は例外で、3か月前からの申請、処理に最大6週間、専用の申請フォームが必要です。

4. 【最重要】給与基準は「更新時点」で判定される

4-1. EPの適格給与(EP Qualifying Salary)

現行基準(2027年1月1日より前の新規申請、および2028年1月1日より前に失効するパスの更新)と、引き上げ後の基準は以下のとおりです。

金融サービス以外の全セクター(月額・固定給)

年齢 現行 2027/1/1以降の新規申請・2028/1/1以降に失効するパスの更新
23歳以下 S$5,600 S$6,000
30歳 S$7,223 S$7,750
35歳 S$8,382 S$9,000
40歳 S$9,541 S$10,250
45歳以上 S$10,700 S$11,500

金融サービスセクター

年齢 現行 2027/1/1以降の新規申請・2028/1/1以降に失効するパスの更新
23歳以下 S$6,200 S$6,600
30歳 S$7,982 S$8,541
35歳 S$9,255 S$9,927
40歳 S$10,527 S$11,314
45歳以上 S$11,800 S$12,700

4-2. S Passの適格給与

S Passは適用タイミングが3層に分かれており、混乱しやすいポイントです。

金融サービス以外の全セクター(月額・固定給)

年齢 2025/9/1〜2026/8/31に失効するパスの更新 2025/9/1以降の新規申請/2026/9/1以降に失効するパスの更新 2027/1/1以降の新規申請・2028/1/1以降に失効するパスの更新
23歳以下 S$3,150 S$3,300 S$3,600
30歳 S$3,627 S$3,777 S$4,077
35歳 S$3,968 S$4,118 S$4,418
40歳 S$4,309 S$4,459 S$4,759
45歳以上 S$4,650 S$4,800 S$5,100

金融サービスセクターは23歳以下でS$3,650 → S$3,800 → S$4,000、45歳以上はいずれもS$5,650です。

2026年9月1日は重要な区切りです。現在S Passを保有していて、パスの失効が2026年8月31日以前であれば旧基準(S$3,150〜)で更新できますが、9月1日以降に失効するパスは新基準(S$3,300〜)が適用されます。失効日が数日違うだけで基準が変わるため、更新対象者の失効日を一覧化しておくべきです。

4-3. 見落とされがちな「年齢による自動失格」

日本人駐在員・現地採用者で最も多い落とし穴がこれです。給与基準は23歳から45歳まで年齢とともに上昇するため、

  • 昇給がゼロ、あるいは年齢カーブの上昇幅より小さい
  • 前回のパス取得から2〜3年経過し、その間に年齢が上がった
  • さらにその間に基準そのものが引き上げられた

という「三重苦」が重なり、前回問題なく通った人が更新で落ちるケースが発生します。特に30代後半〜40代のEP保有者は、2028年基準では45歳でS$11,500(金融S$12,700)が必要になるため、中期的な給与設計が必要です。

4-4. 「固定月給(Fixed Monthly Salary)」の定義

基準額と比較されるのは固定月給であり、以下のような変動要素は、原則として算入されません。

  • 賞与・業績連動給
  • 残業手当
  • 変動的なコミッション
  • 実費精算(交通費実費、出張費など)

一方、毎月定額で支給される手当(例:出勤状況にかかわらず毎月支給される交通手当)は算入され得ます。総年収では基準を超えているのに、固定月給ベースでは足りないという誤認は非常に多いので、給与体系の内訳を必ず確認してください。

5. EP更新の関門:COMPASS

2023年9月導入のCOMPASS(Complementarity Assessment Framework)は、2024年9月1日以降に失効するEPの更新にも適用されます。40点以上が必要です。

5-1. 評価項目

区分 項目 配点
基礎 C1. 給与(セクター内ローカルPMET給与との比較) 0 / 10 / 20
基礎 C2. 学歴 0 / 10 / 20
基礎 C3. 多様性(同一国籍者が自社PMETに占める割合) 0 / 10 / 20
基礎 C4. ローカル雇用への貢献(自社のローカルPMET比率) 0 / 10 / 20
ボーナス C5. スキルボーナス(Shortage Occupation List) +10 / +20
ボーナス C6. Strategic Economic Priorities ボーナス +10

5-2. 更新時に特に注意すべき点

① 会社側要因(C3・C4)で落ちうる

C3(多様性)とC4(ローカル雇用)は本人の努力ではどうにもなりません。日系企業では日本人比率が高くなりがちで、自社PMETに占める日本人比率が25%以上だとC3は0点です。前回の更新以降に組織構成が変わっていれば、スコアも変わります。myMOM PortalのWorkforce Insightsツールで自社スコアを事前に確認してください。

② PMET25名の壁

自社のPMETが25名未満の場合、C3・C4はデフォルトで各10点が付与されます。裏を返せば、採用が進んでPMETが25名を超えた瞬間に、この20点のデフォルトが実スコアに切り替わるということです。成長中の中小企業ほど、次回更新でスコアが急落するリスクがあります。

③ 基準そのものが毎年更新される

C1の給与ベンチマーク(パーセンタイル)、C2の大学リスト、C5のSOLは年1回更新されます。前回20点だった学歴が今回10点になる、といったことが起こり得ます。

④ SOLボーナスで通過した場合の職務制限

C5のSOLボーナス点がなければCOMPASSを通過できなかった人(および5年EPを取得した特定技術職)は、IPAに明記された特定の職務にしか従事できません。配置転換する場合は事前にMOMへの届出と再審査が必要です。更新前に職務が実態と乖離していないか確認してください。

⑤ COMPASS免除の条件

以下のいずれかに該当すれば免除されます。

  • 固定月給がS$22,500以上
  • 海外からの企業内転勤者(ICT)
  • 1か月以内の就労

⑥ C6(SEPボーナス)の更新条件

SEPボーナスの有効期間は最長3年です。継続には、更新前3か月間の各月でC3・C4がそれぞれ10点以上であることが必要になります。

6. S Pass特有の関門:クォータとレビー

6-1. クォータ(Dependency Ratio Ceiling)

S Pass保有者数の上限は、サービス業で総従業員数の10%、建設・製造・造船・プロセス業(いわゆるプラント産業)で15%です。総従業員数は自社のCPF口座情報をもとに、直近3か月の平均ローカル従業員数から算出されます。

6-2. 2026年7月1日のLQS引き上げ ― 最大の実務リスク

Budget 2026で発表されたとおり、Local Qualifying Salary(LQS)が2026年7月1日からS$1,600 → S$1,800に引き上げられました

LQSは「ローカル従業員がクォータ計算上1人としてカウントされるための最低月給」です。したがって、

月給S$1,650のローカル従業員は、6月30日までは「1人」だったが、7月1日以降は「0.5人」にしかカウントされない

という事態が起きます。本人の給与も業績も何も変わっていないのに、社内のローカル給与構成のせいでクォータ割れを起こし、S Passの更新が通らないというのが最も避けたいシナリオです。

対策として、S$1,600〜S$1,799の帯域にいるローカル従業員を洗い出し、クォータへの影響をシミュレーションしてください。なお、賃上げにはProgressive Wage Credit Scheme(政府による共同負担スキーム)(注)が利用できる場合があります。

(注)Progressive Wage Credit Scheme(PWCS、政府による共同負担スキーム)とは、ローカル従業員(シンガポール国民・PR)の賃上げ分の一部を政府が現金で肩代わりする制度です。Budget 2022で導入され、PWMやLQSの引き上げに企業が対応できるよう、また自発的な低賃金労働者の賃上げを促すための移行支援措置として設計されています。

6-3. レビー(外国人雇用税)

2025年9月1日より、S Passのレビーは全セクター・全ティア一律で月S$650に統一されました(日割はS$21.37)。レビー負担はパス発給日から失効・キャンセル日まで発生し、従業員に転嫁することは違法です。

また、CPF拠出や給与申告の遅延・未払いはクォータ計算に影響し、より高いレビーティアが適用される原因にもなります。更新前にCPF関連の未処理がないか確認してください。

7. パスの「切替」で注意すべきケース

ケース1:S Pass → EP へのアップグレード

新規EP申請として扱われます。したがって、

  • COMPASS(40点)の審査対象になる
  • FCFに基づく求人広告(MyCareersFutureに14日間)の要件がかかる可能性がある
  • 学歴のverificationが必要になる場合がある(未実施の場合)

給与がEP基準に達したタイミングで検討されることが多いですが、「給与さえ足りればEPになれる」わけではない点に注意が必要です。

ケース2:EP → S Pass へのダウングレード

給与が年齢別EP基準に届かなくなった場合の選択肢ですが、移行した瞬間にクォータ消費とレビー負担(月S$650)が発生します。会社側のコスト・クォータ影響を先に確認してください。なお、S Passからさらに就労許可証(Work Permit)へ転換する場合、EP・S Pass・Work Permitでの過去の就業経験がR1(高技能)レビーステータスの判定に算入されます。

ケース3:転職(雇用主の変更)

パスは雇用主に紐付いています。転職時は更新ではなく新規申請です。実務上の鉄則は、

新しいパスのIPAが出るまで、現在のパスをキャンセルしない

ということです。順序を誤ると、就労できない空白期間が生じます。

ケース4:パスのキャンセル後の滞在

パスがキャンセルされると、シンガポール国内にいる本人にはShort-Term Visit Pass(STVP)を申請できますが、付与日数はパスの種類やケースにより異なります(EPは最長90日間、S Passは最長30日間)必ずMOMからの通知書に記載された日数を確認してください。延長が必要な場合、ICAではなくMOM側での手続きとなります。

EP保有者は3か月あるので、新しい雇用主がFCFの14日間求人広告を出し、COMPASSを確認し、申請してIPAを取得する――という一連の流れが国内滞在のまま収まる可能性があります。一方で、S Pass保有者は30日しかないため、同じことをやろうとすると間に合わず、いったん出国して新しいIPA取得後に再入国するケースが現実的になります。新IPAが出るまで現行パスをキャンセルしないという鉄則が、S Passの場合はより一層重要になるわけです。

また、主たるパスがキャンセルされると、扶養家族のDependant’s Pass(DP)やLong-Term Visit Pass(LTVP)も自動的にキャンセルされます。DPの取得・維持には固定月給S$6,000以上が必要である点も、給与設計上の重要な閾値です。

8. 却下された場合

  • 事前確認が最善策。MOMのSelf-Assessment Tool(SAT)で適格性を確認できます。S PassについてMOMは「SATで適格と出た場合、約90%の確率でパスが取得できる」としており、逆に不適格と出た場合は申請しても却下されるため、申請すべきでないとしています。
  • アピール(再審査請求)は可能ですが、新しい実質的な情報が必要です。同じ内容での再提出は意味がありません。
  • 却下後の対応(給与の見直し、職務内容の再定義、SOL該当性の検討など)には時間がかかるため、期限の6か月前から動くことがリスクヘッジになります。

9. 実務チェックリスト

更新6か月前

  • 対象者の失効日を一覧化(特にS Passは2026/9/1、EPは2028/1/1をまたぐかを確認)
  • 更新時点の年齢に対応する適格給与を確認
  • 固定月給の内訳を確認(賞与・変動給を除外した実額)
  • SATで事前診断

更新3〜6か月前

  • (EP)myMOM PortalのWorkforce InsightsでC3・C4スコアを確認
  • (EP)PMET25名の壁を超えていないか確認
  • (EP)C1ベンチマーク・C2大学リスト・SOLの年次更新内容を確認
  • (S Pass)クォータ残数を確認(LQS引き上げ後の再計算を反映)
  • (S Pass)CPF拠出・給与申告に遅延がないか確認
  • 給与改定が必要な場合は人事プロセスに乗せる
  • 会社の過去3年分の売上情報をMOMに更新

更新1〜3か月前

  • 更新申請を提出(EPは6か月前から可能)
  • 本人の海外出張・帰国予定と申請スケジュールの調整
  • 扶養家族のDP/LTVPの更新も併せて確認

承認後

  • IPA(有効期限3か月)の期限内に発給手続き
  • 通知書で「既存カード継続」か「新カード発行」かを確認(誤って返却すると再発行費S$65.40)
  • 本人にSGWorkPassアプリでの確認を案内

10. まとめ

シンガポールの就労ビザ制度は、「外国人材の質を上げ、ローカル雇用を厚くする」という一貫した方向で毎年締められています。2026年7月のLQS引き上げ、2026年9月のS Pass更新基準切替、2027年1月・2028年1月のEP/S Pass基準引き上げと、今後2年間は毎年何かしらの変更が効いてくる局面です。

更新を「事務手続き」ではなく「2年ごとの再審査」と捉え、給与設計・組織構成・クォータ管理を一体で管理することが、結果的に最も低コストな対応になります。

参考リンク(MOM公式)

本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、法的助言ではありません。個別の案件については、MOM公式情報の確認および有資格の専門家へのご相談をお勧めします。

Contact
就労ビザの更新・切替に関するご相談は、お気軽にお問い合わせください

お問い合わせ