シンガポール 進出

シンガポール進出で日本企業が最初に検討すべき5つの論点(その5)~論点④ 監査・ガバナンス~

シンガポールで監査が必要になる条件

シンガポールでは、すべての会社に監査が義務付けられているわけではありません。会社法(Companies Act)に基づき、一定の要件を満たす「小規模会社(Small Company)」は監査が免除されます。

監査免除の要件(Small Company Exemption)

以下の3つの基準のうち、2つ以上を満たす会社は「小規模会社」として監査が免除されます。

  • 年間売上高がS$10百万以下
  • 総資産がS$10百万以下
  • 従業員数が50人以下

ただし、これは親会社を持つ子会社等の場合は、グループ全体で上記基準を判定する必要があります。

日本企業のシンガポール子会社が注意すべき点

日本本社が一定規模以上の場合、シンガポール子会社単体では基準を満たしていても、グループベースでは基準を超過し、監査が必要になるケースがあります。

具体的には、シンガポール子会社が属する「グループ」全体で上記3基準のうち2つ以上を満たさない場合、シンガポール子会社にも監査義務が生じます。日本の上場企業や大企業の子会社は、ほぼ確実にこの要件に該当すると考えてよいでしょう。

また、監査免除の要件を満たしていても、以下の場合は監査が必要です。

  • 株主の少数派(議決権の5%以上を保有)が監査を要求した場合
  • 会社の定款で監査を義務付けている場合

進出前に、自社のシンガポール子会社が監査対象となるかを確認し、監査費用・監査対応の工数を事業計画に織り込んでおく必要があります。

監査で必ず見られるポイント

シンガポールでの監査は、現地の公認会計士(CA:Chartered Accountant)または監査法人が実施します。監査で重点的に確認されるポイントを整理します。

ポイント1:関連当事者取引(Related Party Transactions)

日本本社との取引は、監査上「関連当事者取引」として必ず検証対象となります。具体的には以下の点が確認されます。

  • 取引価格は独立企業間価格(Arm’s Length Price)か
  • 取引の実態を裏付ける契約書・発注書・納品書が存在するか
  • 取引条件(支払サイト、与信条件など)が第三者取引と比較して合理的か

契約書が存在しない、または取引価格の根拠が不明確な場合、監査人から「移転価格リスクあり」としてマネジメントレター(監査報告書とは別に、経営者に改善事項を伝える書面)で指摘されることがあります。

ポイント2:収益認識

売上の計上時期・金額が会計基準に準拠しているかが確認されます。特に、以下のケースでは詳細な検証が行われます。

  • 期末日前後の売上取引(カットオフテスト)
  • 複数の履行義務を含む取引(たとえば、製品販売と保守サービスの一括契約)
  • 本人・代理人の判定が必要な取引(総額表示か純額表示か)

日本本社向けの売上が中心の場合、売上計上のタイミングが日本本社側の仕入計上と整合しているかも確認されます。

ポイント3:人件費・経費の実在性

駐在員の給与、リチャージ費用、経費精算などが実際に発生しているか、業務との関連性があるかが検証されます。

特に、日本本社からのリチャージについては、前述のとおり契約書の有無、計算根拠の妥当性が確認されます。また、交際費・旅費などの経費については、証憑(領収書・出張報告書など)の保存状況も確認対象です。

ポイント4:現預金・債権債務の残高確認

銀行残高証明書との照合、売掛金・買掛金の残高確認(Confirmation)が実施されます。日本本社との債権債務残高については、親子間で残高が一致しているかの確認も行われます。

残高不一致がある場合、その原因(為替差異、認識時期のズレ、計上漏れなど)を説明できる資料が必要です。

ポイント5:コンプライアンス事項

会社法・税法上の義務が履行されているかも監査の対象です。具体的には以下の点が確認されます。

  • 年次株主総会(AGM)が期限内に開催されているか
  • 年次申告書(Annual Return)がACRA(会計企業規制庁)に期限内に提出されているか
  • 法人税申告が期限内に行われているか
  • 取締役の適格性(居住取締役の要件など)が維持されているか

これらの不備は、監査報告書への記載事項となる可能性があります。

監査人変更が起きる理由

シンガポール子会社の監査人は、日本本社の意向で選定されることが多いですが、設立後に監査人変更が発生するケースがあります。その主な理由を整理します。

理由1:監査品質への不満

設立時にコストを重視して小規模な現地会計事務所を選定したものの、監査の品質やコミュニケーションに問題が生じるケースがあります。

具体的には、監査手続きが形式的で実質的な検証がなされていない、日本語対応ができず本社とのコミュニケーションが困難、監査調書の内容が不十分で日本の監査法人からの質問に対応できない、といった問題です。

日本本社が上場企業の場合、グループ監査の観点から、親会社監査人(日本の監査法人)がシンガポール子会社の監査調書をレビューします。このレビューで品質上の問題が指摘され、監査人変更に至るケースがあります。

理由2:監査人の独立性の問題

シンガポールでは、会計・税務サービスと監査サービスを同一の事務所が提供することは、独立性の観点から制限される場合があります。

設立当初は記帳代行・税務申告・監査をすべて同じ事務所に依頼していたが、会社の規模拡大に伴い独立性の要件を満たさなくなり、監査人を変更せざるを得なくなるケースがあります。

理由3:グループ監査方針の変更

日本本社の監査法人が変更になった場合や、グループ監査方針が変更された場合、シンガポール子会社の監査人もそれに合わせて変更されることがあります。

たとえば、日本本社がBig4(大手4監査法人)に監査人を変更した場合、グループ全体での監査効率を高めるため、シンガポール子会社も同じネットワークファームに変更することが求められるケースがあります。

理由4:監査報酬の問題

監査報酬の値上げ交渉が折り合わず、監査人変更に至るケースがあります。特に、子会社の事業拡大に伴い監査工数が増加したにもかかわらず、報酬改定が行われていない場合に発生しやすい問題です。

逆に、コスト削減を目的として安価な監査人に変更した結果、前述の品質問題が発生するケースもあります。

監査人変更時の注意点

監査人変更は、シンガポール会社法上、株主総会での決議が必要です。また、退任監査人は「退任理由に関する声明書」を提出する権利があり、この声明書は株主に送付されます。

監査人変更の理由が「意見の不一致」や「不正の発見」に関連する場合、この声明書が問題を顕在化させる契機となる可能性があります。監査人変更を検討する場合は、退任監査人との関係にも配慮が必要です。

監査・ガバナンスの論点は、「コスト」として捉えられがちですが、適切な監査体制の構築は、不正の早期発見、内部統制の強化、日本本社の連結監査への対応など、多くの面でメリットがあります。

進出前の段階で、監査義務の有無、監査人の選定基準、監査対応の体制を整理し、日本本社の経理部門・監査法人と方針を共有しておくことが重要です。

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