シンガポール
進出
シンガポール進出で日本企業が最初に検討すべき5つの論点(その6)~論点⑤ 進出前にやるべき実務準備~
目次
最低限整備すべき契約書
シンガポール子会社を設立する際、会社設立の登記書類や定款は当然準備されますが、日本本社との取引関係を規律する契約書が整備されていないケースが少なくありません。
設立後に「契約書がない」「内容が曖昧」という状態が続くと、税務調査や監査で指摘を受けるリスクが高まります。進出前、遅くとも設立直後には以下の契約書を整備しておくことを推奨します。
1. インターカンパニー・サービス・アグリーメント(グループ内役務提供契約)
日本本社がシンガポール子会社に対して提供するサービス(経営管理、人事、経理、IT、法務などの本社機能)について、サービス内容・対価・支払条件を定める契約です。
この契約がないと、本社からのリチャージ費用が「根拠不明の支払」として、シンガポール側で損金算入を否認されるリスクがあります。また、日本側では「対価を収受していない役務提供」として寄附金認定されるリスクがあります。
契約書には、提供するサービスの具体的内容、対価の計算方法(コストベース、コストプラスマークアップなど)、請求・支払のタイミング、契約期間・更新条件などを明記します。
2. 出向契約書・派遣契約書
日本本社から駐在員を派遣する場合、出向元(日本本社)・出向先(シンガポール子会社)・出向者の三者間の関係を明確にする契約が必要です。
契約書には、出向期間、出向者の職位・職務内容、給与・賞与・福利厚生の負担区分、指揮命令関係、帰任条件などを定めます。
この契約が曖昧だと、前述の人件費リチャージの論点に加え、出向者の労働法上の地位(どちらの国の労働法が適用されるか)、社会保険の取扱い、個人所得税の課税関係など、複数の問題が生じる可能性があります。
3. 売買契約書・取引基本契約書
日本本社とシンガポール子会社の間で商品・製品の売買が発生する場合、取引条件を定める契約が必要です。
契約書には、取引対象、価格決定方法、インコタームズ(貿易条件、たとえばFOB、CIFなど)、支払条件、所有権移転時期、品質保証、クレーム処理などを定めます。
移転価格税制の観点からは、価格決定方法の根拠(独立企業間価格であることの説明)が特に重要です。「本社の言い値」「従来からの慣行」では、税務調査で価格の妥当性を説明できません。
4. 知的財産ライセンス契約(該当する場合)
日本本社が保有する商標、特許、ノウハウなどをシンガポール子会社が使用する場合、ライセンス契約が必要です。
契約書には、ライセンスの対象・範囲、独占/非独占の別、ロイヤルティの料率・計算方法、支払条件、契約期間、終了時の取扱いなどを定めます。
ロイヤルティの支払いは、シンガポールでの源泉税、日本での収益計上、移転価格税制のすべてに関係するため、税務上の影響を考慮した設計が必要です。ロイヤルティ料率の妥当性を説明できる根拠資料(比較対象取引の分析など)も準備しておくことが望ましいでしょう。
5. 資金貸借契約(該当する場合)
日本本社からシンガポール子会社に貸付を行う場合、金銭消費貸借契約が必要です。
契約書には、貸付金額、金利、返済条件、担保の有無、期限の利益喪失事由などを定めます。
金利設定は移転価格税制の対象となります。無利息または市場金利より著しく低い金利で貸し付けた場合、日本側で受取利息の認定課税を受ける可能性があります。逆に、市場金利より著しく高い金利を設定した場合、シンガポール側で支払利息の損金算入が制限される可能性があります。
契約書整備の実務上のポイント
契約書は「作成して終わり」ではありません。以下の点に留意が必要です。
- 実態との整合性:契約書の内容と実際の取引が一致していることが重要です。契約書上は「独立した意思決定」となっているのに、実際には本社がすべて指示している、といった乖離があると、契約書の信頼性が損なわれます。
- 定期的な見直し:事業環境の変化に応じて、契約内容も見直す必要があります。設立時の契約が数年間そのまま放置され、実態と乖離しているケースは珍しくありません。
- 言語・準拠法:日本本社とシンガポール子会社の契約は、英語で作成し、準拠法をシンガポール法または日本法のいずれかに明確に定めておくことが一般的です。日本語版と英語版の両方を作成する場合は、どちらが正本かを明記します。
進出前に会計事務所と整理すべき事項
シンガポール進出にあたり、現地の会計事務所(または日系会計事務所のシンガポール拠点)に依頼する業務は多岐にわたります。設立代行、記帳代行、税務申告、監査など、必要なサービスを選定する前に、以下の事項を整理しておくと、会計事務所との打ち合わせがスムーズに進みます。
1. 事業計画・取引フローの概要
シンガポール子会社がどのような事業を行い、どのような取引が発生するかの概要を整理します。具体的には以下の情報です。
- 事業内容(販売、製造、サービス、持株会社など)
- 主要な取引先(日本本社、現地顧客、第三国の関連会社など)
- 取引の流れ(商流・物流・金流)
- 想定される売上規模・従業員数
これらの情報をもとに、会計事務所は必要なサービス、想定される税務リスク、適用可能な税制優遇などを検討できます。
2. グループ内取引の内容と価格設定方針
日本本社との取引がある場合、その内容と価格設定の考え方を整理します。
- 商品・製品の売買(仕入価格の決定方法)
- 役務提供(本社からのサポート、リチャージの内容と金額)
- 知的財産の使用(ロイヤルティの有無と料率)
- 資金の貸借(貸付金額、金利)
- 人員の派遣(駐在員の有無、人件費の負担区分)
移転価格税制への対応を視野に入れ、価格設定の根拠を説明できる状態にしておくことが重要です。
3. 日本本社の連結決算上の要請
日本本社の経理部門・監査法人から、シンガポール子会社に対してどのような報告が求められるかを確認します。
- 月次・四半期・年次の報告スケジュール
- レポーティングパッケージの様式
- 連結調整に必要な情報(会計基準差異、内部取引明細など)
- 監査法人からの質問対応の窓口
これらの要請を現地の会計事務所に伝え、対応可能な体制を構築してもらう必要があります。
4. 記帳・経理体制の方針
シンガポール子会社の経理業務をどのように運営するかを検討します。
- 現地で経理担当者を雇用するか、会計事務所にアウトソースするか
- 使用する会計ソフト(現地ソフト、日本本社と同じシステム、クラウド会計など)
- 証憑の保管方法(紙、電子、クラウド)
- 承認フロー(現地完結か、本社承認が必要か)
設立初期は会計事務所へのアウトソースが一般的ですが、事業拡大に伴い内製化を検討する企業も多いです。将来の体制変更も視野に入れた設計が望ましいでしょう。
5. 想定される税務上の論点
これまで述べてきたPE、源泉税、移転価格、GSTなどの論点について、自社に該当しそうな事項をリストアップしておきます。
すべてを進出前に解決する必要はありませんが、「どのような論点があるか」を会計事務所と共有し、優先順位をつけて対応していくことが重要です。
6. 予算・コスト感
会計・税務サービスにかけられる予算を明確にしておきます。
シンガポールの会計事務所の報酬水準は、日本と比較して必ずしも安くはありません。特に日系事務所や大手事務所の場合、設立代行、年間の記帳・税務申告、監査などを合わせると、年間数十万円から数百万円の費用が発生することもあります。
「安さ」だけで選定すると、前述の監査品質の問題や、日本語対応の不備などが生じる可能性があります。必要なサービス品質と予算のバランスを考慮した選定が必要です。
進出前の準備は、「面倒な事務作業」ではなく、「将来のリスクを軽減するための投資」です。契約書の整備、会計事務所との事前整理に時間をかけることで、設立後の税務調査・監査で問題が発覚するリスクを大幅に低減できます。
「設立してから考える」のではなく、「設立前に論点を洗い出し、対応方針を決めておく」ことが、シンガポール進出を成功させるための第一歩といえます。
【初回無料】シンガポール進出の論点整理ミーティング
「自社のケースではどの論点が重要か」「進出前に何を準備すべきか」など、個別の状況に応じた論点整理をサポートします。営業目的ではなく、判断に必要な情報を整理することを目的としたミーティングです。日本企業のシンガポール進出に精通した担当者が対応いたします。
本ホームページのお問い合わせから、ご連絡いただければ幸いです。
あわせて読みたいSEE ALSO
シンガポール進出で日本企業が最初に検討すべき5つの論点(その5)~論点④ 監査・ガバナンス~
シンガポール進出で日本企業が最初に検討すべき5つの論点(その3)~論点② 人件費・リチャージ、源泉税、GST~
シンガポール進出で日本企業が最初に検討すべき5つの論点(その2)~論点① 税務(PE)~
シンガポール進出で日本企業が最初に検討すべき5つの論点(その1)~シンガポール進出の全体像と5つの論点~