シンガポール 進出

シンガポール進出で日本企業が最初に検討すべき5つの論点(その3)~論点② 人件費・リチャージ、源泉税、GST~

日本本社⇔シンガポール子会社の人件費の流れ

シンガポール子会社を設立した日本企業の多くは、日本本社から駐在員を派遣します。また、設立初期には日本本社の従業員がシンガポール子会社の業務を兼務・支援するケースも珍しくありません。

このとき問題になるのが、「人件費をどちらが負担するか」「どのように精算するか」という点です。

典型的なパターンは以下の3つです。

パターン1:日本本社が給与を支払い、子会社にリチャージ(費用請求)する

駐在員の給与・社会保険料・福利厚生費などを日本本社が一旦立て替え、後日シンガポール子会社に請求する方式です。日本企業で最も多く採用されているパターンといえます。

パターン2:シンガポール子会社が直接雇用・支払する

駐在員をシンガポール子会社の現地採用として雇用し、給与もシンガポールで支払う方式です。日本での社会保険継続などの論点が生じるため、採用されるケースは限定的です。

パターン3:日本本社とシンガポール子会社で分担して支払う

基本給は日本本社、海外手当は子会社など、費目ごとに分担する方式です。管理が複雑になる一方、税務・社会保険の最適化を図る目的で採用される場合があります。

いずれのパターンでも、「誰が」「何を」「どのような根拠で」負担するのかを明確にしておかないと、税務調査や監査で問題となる可能性があります。

人件費リチャージと源泉税・GST

人件費リチャージ(親会社が立て替えた人件費を子会社に請求すること)を行う場合、以下の税務論点が生じます。

源泉税の論点

日本本社がシンガポール子会社に人件費を請求する場合、その請求の「性質」が問題になります。

単なる「立替金の精算」であれば、通常は源泉税の対象外です。しかし、リチャージ金額に利益(マークアップ)を乗せている場合や、実質的に「役務提供の対価」とみなされる場合は、シンガポール側で源泉税(通常は支払額の17%、ただし租税条約により軽減される場合あり)が発生する可能性があります。

また、駐在員が日本本社の業務も一部行っている場合、リチャージ金額の全額がシンガポール子会社の費用として認められるかという論点もあります。シンガポール子会社のために行った業務に対応する部分のみが、税務上の損金(課税所得から差し引ける費用)として認められます。

GST(Goods and Services Tax:シンガポールの付加価値税、税率9%)の論点

人件費リチャージがGSTの課税対象となるかどうかは、取引の実態により判断が分かれます。

原則として、シンガポール国外からのサービス提供に対する支払いには「リバースチャージ」(輸入サービスに対し、受け手側がGSTを申告・納付する仕組み)が適用される可能性があります。

ただし、一定の要件を満たす「純粋な人件費の立替精算」であれば、GSTの課税対象外(Out of scope)として扱われる場合もあります。この判断は、契約書の建付け、請求書の記載内容、実際の業務内容などを総合的に勘案して行われます。

実務上、「立替精算」と「役務提供」の境界は曖昧になりやすく、シンガポール内国歳入庁(IRAS)の見解と企業の認識が異なるケースも見られます。

実務でよくある誤処理例

人件費リチャージに関連して、税務調査や監査で指摘されやすい誤処理例を挙げます。

誤処理例1:リチャージ契約書が存在しない、または内容が曖昧

日本本社とシンガポール子会社の間で、人件費リチャージに関する正式な契約書(インターカンパニー・サービス・アグリーメントなど)を締結していないケースは少なくありません。契約書がない場合、税務当局から「取引の実態が不明確」として、損金算入を否認されるリスクがあります。

また、契約書があっても「人件費相当額を請求する」といった曖昧な記載にとどまり、対象者・業務内容・計算根拠が明確でない場合も問題となります。

誤処理例2:リチャージ金額の計算根拠が不明確

「駐在員Aの人件費として月額○○円を請求」という処理をしているものの、その金額がどのように算出されたか説明できないケースがあります。

税務調査では、給与明細・勤務記録・業務内容との整合性が確認されます。シンガポール子会社のための業務と日本本社のための業務が混在している場合、按分計算の根拠を示せないと、全額が損金として認められない可能性があります。

誤処理例3:源泉税の申告漏れ

リチャージを「立替金の精算」として処理し、源泉税の検討を行っていないケースがあります。事後的に「役務提供の対価」と認定された場合、源泉税の追徴に加え、過少申告加算税・延滞税が発生する可能性があります。

シンガポールでは、源泉税の納付期限は支払日から15日以内と短く、申告漏れが発覚した場合のペナルティは軽視できません。

誤処理例4:GSTリバースチャージの申告漏れ

2020年以降、シンガポールでは輸入サービスに対するリバースチャージ制度が導入されています。人件費リチャージが課税対象サービスに該当する場合、シンガポール子会社がGSTを申告・納付する義務がありますが、この処理が漏れているケースが散見されます。

特に、日本本社側では「単なる立替精算」と認識していても、シンガポール側では「課税対象サービスの輸入」と判断される場合があり、両国の認識のズレが問題を引き起こすことがあります。

誤処理例5:日本側での寄附金認定

シンガポール子会社へのリチャージ金額が実際の人件費を下回っている場合、日本の税務当局から「差額は子会社への寄附金」と認定される可能性があります。

寄附金と認定されると、日本本社側で損金算入が制限されます。子会社支援の意図があったとしても、税務上は厳格に判断されるため、リチャージ金額の設定には注意が必要です。

人件費リチャージは、日常的に発生する取引であるがゆえに、「なんとなく」処理されてしまいがちな領域です。しかし、契約書の整備、計算根拠の明確化、源泉税・GSTの検討を怠ると、数年後の税務調査で多額の追徴課税につながる可能性があります。

進出前の段階で、駐在員の派遣形態・人件費の負担方法・リチャージの仕組みを設計し、必要な契約書を整備しておくことが、リスク軽減の第一歩となります。

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