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国際税務は経済戦争?!(8)

BEPSの成果とその後

前回のコラムでBEPSがどのような形で進展し、一定の実効性を持つに至ったかについて説明した。特にBEPS 行動計画の策定やBEPS防止措置実施条約(MLI)の締結、マスターファイル、ローカルファイル、国別報告書等に代表される多国籍企業の情報開示の義務化などはBEPSにおける明確な成果であったといえよう。これに加えて、各国間の税務に関する情報交換システムの整備により、従来実務上入手が困難であった他国の口座情報等の入手がより容易となり、多国間にまたがる課税逃れスキームを防止する一定の抑止力を持つに至っている。また、不透明な税制を有する国や地域をブラックリスト(EU blacklistなど)にのせて注意喚起をするという動きも活発化し、不透明な税制を有する国や地域へ税制改善を促す一定の牽制となるとともに、これらの国や地域を利用しようとする企業に対しても、コンプライアンスの観点から利用しにくくなるようなプレッシャーを与える結果となっている。

BEPS2.0の登場

このように、これまでのBEPSの各種活動により、各国の税制の隙間を利用して節税を行う各種税務スキームの利用については相当程度制限されることにはなった。ただ、そもそも当初に最も重要なテーマは何だったかということを考えると、これまでのBEPS の歩みで本当に十分だったのかという疑問が出てくることはある意味必然である。すなわち、巨大IT企業が従来ない形でビジネスを展開し、これに対する公平な課税が行われにくくなってきたこと、及びこれに起因して世界的に生じた法人税率の引き下げ競争に対する対策が、これまでのBEPSの取り組みでは必ずしも十分でないということがクローズアップされてきたのである。

そこで新たに登場したのがBEPS2.0である。このBEPS2.0という名称は、巨大IT企業に対して国際税務もバージョンアップしていくことの決意表明のようなネーミングで面白い。このBEPS2.0は、どちらかといえば総花的だったBEPS1.0とは異なり、その目的を巨大デジタル企業への公正な課税と各国の税率引き下げ競争を止めるという点に明確に絞っている点がその特徴である。

Pillar1とPillar2

BEPS2.0はPillar1とPillar2という2つの柱で構成される。このうちPillar1は、特段の企業の経済拠点を各国に保有することなく、世界中のマーケットから巨大な利益を獲得しているいわゆるGAFAMのようなビッグ・テックを対象にしている。その内容を簡単に要約すると、これまでビッグ・テックに対して課税できなかった市場国への新たな課税権の配分である。これに対してPillar2は、その中心的存在であるグローバルミニマムタックスという名称で分かる通り、国際的に最低税率を15%と定め、多国籍企業が世界中のどこで利益を上げても最低15%は課税していくというコンセプトに基づくものである。その目的は、世界的な法人税率引き下げ競争に終止符を打つことである。

Pillar1には、さらにAmount AとAmount Bという2つの分野が存在する。ただ、Amount Bは既存の移転価格税制を一部簡略化することを目的とするものであり、市場インパクトもそこまで大きなものとは考えられないため、ここではpillar1=Amount Aということで説明していくこととする。Pillar1の対象は詳細な規定はあるものの、ざっくり言って以下の2条件を満たす企業である。

  • 企業グループの連結総売上高が200億ユーロ超であること
  • 企業グループの税引前売上利益率が10%超であること

この2つの条件を満たす企業グループは、非常に限られた収益性の高い超巨大企業であり、明示されてはいないもののGAFAMなどを念頭に置いた規定となっている。その具体的な課税方法は、税引前売上利益率が10%を超える部分を残余利益と認定し、このうちの25%を製品やサービスが販売された市場国に売上実績に基づいて配分することとされている。わかりやすく言うと、いわゆる巨大IT企業の儲けすぎ部分について、儲けの源泉となった国にも一定の分け前をということであろう。

Pillar 1とアメリカ

これに対してPillar1に強く反対しているのはアメリカである。これは巨大テック企業のほとんどがアメリカにあることから当然と言えば当然の成り行きだ。Pillar1は、理屈はともかくアメリカの税収の一部を各国に分け与える結果となることは明白だからである。それでもバイデン政権の頃は、妥協案として対象をIT企業だけでなくすべての業種に拡大することでアメリカだけ課税されるという状態を回避しようと努力したものの、議会の強い反対で話が進まなくなり、国内で合意するめどが立たなくなってしまった。これに対して、アメリカ不参加のままPillar1を進めても、結局米国巨大IT企業に課税できなければPillar1の意味が無いので、話が膠着状態に陥ってしまったのである。うがった見方をすれば、欧州のOECD主要国は、いきなりPillar1を持ち出しても米国が乗ってこないので、BEPS1.0で国際税務に関する国際協調の雰囲気作りをした上で、その流れの中でPillar1を通してしまおうと最初から画策していたかもしれない。その上追い打ちをかけるように2025年1月に誕生したのが米国第一主義を標榜するトランプ政権である。この時点でPillar1は事実上終わってしまったのかもしれない。

次回はPillar2について触れることとしたい。ここでもカギを握るのはアメリカである。

飯村 鉄雄(Iimura Tetsuo) / NAC顧問(香港常駐)及びグループ国際税務室長

デロイトトーマツ税理士法人東京事務所ビジネスタックスサービス(マネージングダイレクター)、PwC税理士法人東京事務所(パートナー)、大手損害保険会社国際税務リーダー等を経てNAC顧問就任。東京大学法学部卒、日本国公認会計士有資格者。