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[華南ビジネス] 会計事務所にみる中国本土と香港の対立

今回は中国の財務諸表監査について簡単に説明した後、中国国内で監査を行う会計事務所をめぐる本土と香港の動きについて考えてみたい。

財務諸表監査とは企業の作成する財務諸表の適正な開示を保証するため、会計事務所が一定の手順に基づいて実施する評価作業のことである。中国では財務諸表監査の他にも税務監査や外貨監査など企業が作成した財務資料を外部の専門家に評価してもらう手続きがあるが、今回は財務諸表監査を対象として話を進める。

中国の会社法はすべての企業に対して毎年、財務諸表を作成し、会計事務所による監査を受けることを義務付けている。実態として監査を受けておらず、行政指導を受けていない企業も存在するが、外資企業や一定規模の企業は通常、会計事務所に依頼して財務諸表監査を受けている。中国公認会計士協会のウェブサイトによれば現在、中国本土には8000を越える会計事務所の拠点が存在する。これは日本の公認会計士協会に加盟する監査法人数が215法人(2013年末時点)であるのと比べてかなり多い。

監査は財務諸表の利用者の財務諸表に対する信頼を高めることを目的としており、財務諸表及び注記のそれぞれの項目について、根拠となる会計基準に正しく依拠しているかを確認する作業である。わかりやすい例を挙げると、貸借対照表上に計上されている固定資産が実際に存在するかを確認したり、買掛金の金額が過少計上されていないか仕入先に確認したりする。その手順については監査基準という形で明確に規定されており、興味があれば検索サイトなどで「審計準則」を調べるとすぐに見つかる。

一言に会計事務所といっても、価格面で競争力のある事務所、外国本社の監査の要求に対応して質の高い監査を行う事務所など存在し、提供するサービスには幅がある。実際、低価格でサービスを提供する事務所の中には、決められた監査基準に従わず、十分な確証を得ないまま監査意見を出しているものも多い。しかし、健康診断のようなもので、問題がなければ監査の質の良し悪しにかかわらず結果は同じであり差異がわかりにくいが、問題を発見するという点を重視するならば依頼する会計事務所は十分に検討する必要がある。

財務諸表の利用者である株主保護のため、どの国でも上場企業に対してはより厳格な監査を義務付けている。そのため、香港やアメリカ、シンガポールでは一定規模の中国企業の上場が続いており、最近はアリババグループの米国証券取引所への上場が話題となったが、その裏側で上場に関連する財務諸表監査が近年、会計事務所にとって大きな事業となっている。中国本土における事業展開は政府の規制を受けているので、多くの国外会計事務所が本土会計事務所との提携を通して参入している。

この状況に対して中国政府は、本土の会計事務所が国外会計事務所と提携して監査品質を高めることを望む一方、監査調書という形でまとまった中国企業の重要情報が本土外に流出することなどを問題視しており、財政部による関連規定の公開草案や発表された記事によれば、条件を満たさない国外会計事務所の監査業務を制限する意向を示している。

それに対して、経験の浅い会計士が失業する懸念を指摘した記事に示されるように香港では反対の声がある。実際、記事の執筆時点で香港会計士協会の名簿にある会計士事務所は1709あり、人口や面積を考慮すると中国の8259と比較して非常に多い。ただし、中国本土企業の香港上場に関する監査について、すでに多くの業務が中国本土の会計専門家によりなされていることを踏まえると影響は限定的であろう。

また、香港会計士協会は、財政部の示した公開草案の背景となる監査品質の確保や国家機密の保護などの論点について8つの反論を展開している。監査品質については、これまで問題が起きていないことを指摘した上で、実地監査ができないためより品質が低下する懸念を表明しており一定の合理性があるが、国家機密の論点は香港が中国の一部である以上、中央の意思決定に対して有効に反論することは難しいだろう。