マレーシア 進出

マレーシア進出で日本企業が最初に検討すべき5つの論点(1)~マレーシア進出の全体像と5つの論点~ はじめに

はじめに

マレーシアは、日本企業にとって「第二の進出先」として長年選ばれてきた国です。製造拠点としての歴史は古く、近年ではデジタル関連やサービス業の進出も増加しています。シンガポールと比較して人件費・オフィス賃料が抑えられること、英語が通じるビジネス環境、多様な税制優遇制度——こうした魅力から、ASEAN進出の選択肢として検討される機会は多いでしょう。

しかし実務の現場では、「税制優遇を受けられると思っていたが、要件を満たしていなかった」「シンガポールと同じ感覚で処理したら、SSTの申告漏れを指摘された」「労働許可の取得が想定より難航した」といった相談が後を絶ちません。

マレーシアはシンガポールと地理的に近く、英語圏という共通点がありますが、税制・会計・労務の仕組みは大きく異なります。シンガポールでの経験をそのまま適用しようとすると、思わぬ落とし穴にはまる可能性があります。

本記事では、マレーシア進出時に日本企業が最初に検討すべき5つの論点を、実務視点から整理します。目的は、読者の皆さまが「自社にはどのようなリスクや検討事項があるか」を把握し、適切なタイミングで専門家に相談できる状態になることです。

なお、具体的な税務判断は個別の事実関係により異なります。本記事は一般的な論点整理であり、個別案件への適用には専門家への確認が必要です。

マレーシア進出の全体像(前提整理)

日本企業がマレーシアを選ぶ主な理由

マレーシアが日本企業に選ばれる理由は、大きく4つに整理できます。

1つ目はコスト競争力です。 シンガポールと比較して、人件費は概ね3分の1から2分の1程度、オフィス賃料も大幅に低く抑えられます。製造業だけでなく、シェアードサービスセンター(SSC)やバックオフィス機能の集約拠点としても活用されています。

2つ目は税制優遇制度の豊富さです。 MSCステータス(マルチメディア・スーパー・コリドー、ICT関連企業向けの優遇制度)、パイオニアステータス(新規産業向けの法人税免除)、投資税額控除など、業種・事業内容に応じた優遇制度が多数用意されています。適切に活用すれば、実効税率を大幅に下げられる可能性があります。

3つ目は地理的・文化的な親和性です。 日本との時差は1時間、直行便も多く、物理的な距離感が近いといえます。また、親日的な国民性、日本食・日本製品の浸透度の高さなど、日本人駐在員にとって生活しやすい環境が整っています。

4つ目はASEAN市場へのアクセスです。 マレーシアはASEANの中心に位置し、シンガポール、タイ、インドネシアなど周辺国へのアクセスが容易です。製造・物流の拠点として、また域内販売の拠点として活用されています。

ただし、これらのメリットは「適切な設計と運用」が前提です。特に税制優遇は、申請・維持のための要件が厳格であり、「申請すれば受けられる」というものではありません。

シンガポールとの違いを理解する

マレーシアとシンガポールは地理的に隣接し、ともに英語圏ですが、ビジネス環境には重要な違いがあります。シンガポールでの経験がある企業ほど、この違いを正確に理解しておく必要があります。

税制の違い

シンガポールの法人税率は17%の単一税率ですが、マレーシアは24%が標準税率です。ただし、マレーシアには前述のとおり多様な税制優遇制度があり、要件を満たせばシンガポールより低い実効税率を実現できる場合があります。

間接税も異なります。シンガポールはGST(付加価値税、9%)ですが、マレーシアは2018年にGSTを廃止し、SST(売上税・サービス税)に移行しました。SSTは売上税(製造段階で課税、10%)とサービス税(特定サービスに課税、8%)の二本立てであり、GSTとは仕組みが根本的に異なります。

会社法・ガバナンスの違い

シンガポールでは一定の要件を満たす小規模会社は監査が免除されますが、マレーシアでは原則としてすべての会社に監査義務があります(休眠会社等の例外あり)。

また、マレーシアでは会社秘書役(Company Secretary)の選任が法律上必須であり、資格要件も厳格です。シンガポールにも同様の制度がありますが、マレーシアの方が会社秘書役の役割・責任が重いといえます。

労働法・ビザの違い

マレーシアの労働許可(Employment Pass)は、近年審査が厳格化しています。給与要件、学歴要件に加え、マレーシア人雇用比率なども考慮される場合があり、シンガポールと同じ感覚で申請すると却下されるケースがあります。

また、マレーシアの社会保険制度はEPF(従業員積立基金)、SOCSO(社会保障機構)、EIS(雇用保険制度)の3本立てであり、シンガポールのCPFとは制度設計が異なります。

会社設立だけでは終わらない理由

マレーシアでの会社設立手続き自体は、必要書類が整っていれば比較的短期間で完了します。SSM(会社委員会)へのオンライン申請により、数日で設立登記が完了するケースもあります。

しかし、設立後に以下のような問題が顕在化するケースが実務では頻繁に見られます。

  • 税制優遇の申請要件を満たしていないことが後から判明し、想定していた節税効果が得られない
  • SSTの課税対象・非課税の判断を誤り、事後的に追徴課税を受ける
  • 労働許可の取得が難航し、駐在員の赴任スケジュールが大幅に遅延する
  • 移転価格文書化の要件を満たしておらず、税務調査でペナルティを受ける
  • 日本本社の関与の仕方がPE認定のリスクを生じさせている

これらの問題は、設立時点では見えにくいものの、税務調査や監査、あるいはビザ更新のタイミングで発覚します。

「シンガポールと似たようなものだろう」「設立後に考えればよい」という姿勢ではなく、マレーシア特有の制度を理解した上で、設立前に論点を整理しておくことが重要です。

以上を踏まえ、次回以降、マレーシア進出時に日本企業が最初に検討すべき以下5つの論点を、実務視点から整理します。

論点①:税務(PE・源泉税・税制優遇)

Permanent Establishment(PE)とは何か、税制優遇制度(MSC・Pioneer Status等)の落とし穴、源泉税の注意点等について、ケースを用いて具体的に整理します。

論点②:人件費・駐在員・労働許可

日本本社とマレーシア子会社の人件費の流れ、社会保険(EPF・SOCSO・EIS)の制度、労働許可(EP・PVP)取得の実務等について、実務でよくある誤処理例を交えながら整理します。

論点③:会計・SST・連結

マレーシアの会計基準や間接税についての特有の考慮事項や、日本の親会社との連結プロセスで問題となりやすい点等を整理します。

論点④:監査・ガバナンス

マレーシアでは原則としてすべての会社に監査義務があり、会社秘書役の選任も法律上必須です。会社秘書役や取締役の職務や責任、監査で見られるポイントについて整理します。

論点⑤:進出前にやるべき実務準備

グループ内取引に関する契約書の整備、進出形態の選択、会計事務所と相談すべき事項等について整理します。

5つの論点を整理した後に、よくある質問(FAQ)も掲載予定です。

注)本記事は掲載時点の情報に基づき、一般論として執筆しております。法令等は改正される場合がありますので、実務に適用される際は、最新情報のご確認および専門家へのご相談をお勧めいたします。