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中国「深セン市従業員給与支払条例」の改訂について

「深セン市従業員賃金支払条例」の改訂内容

2022年8月4日、深セン市政府より新たな「深セン市従業員賃金支払条例」(以下「条例」という)が発表・実施されました。「条例」は2004年に初めて発布・施行され、今回は第3回目の改訂となります。

今回の改訂内容は全部で16か所あり、以下の通りとなります。

  1. 第3条
    「計画生育費」を「計画生育補助金、奨励金」に修正した。
  2. 第11条
    支払周期が1カ月を超えない賃金については、約定する賃金支払日は支払周期満期後の7日を超えてはならない。1カ月超1年未満の場合は、約定する賃金支払日は支払周期満期後の1カ月を超えてはならない。支払周期が1年超のものについては、約定する賃金支払日は支払周期満期後の6カ月を超えてはならない。
    支払周期が1カ月となる賃金について、雇用日から約定した賃金支給日まで1カ月未満の場合、使用者 は日数按分で給与を計算し当月給与の支給日に支給することもでき、翌月度の賃金の支給日に加算し支給することもできる。詳細は使用者と従業員が協議のうえ決定する。
  3. 第12条
    使用者は何らかの理由で約定した賃金支給日に給与を支払えない場合、5日延長することができる。生産経営が苦境に陥って5日以上延期しようとする場合、当該単位の労働組合又は従業員本人の書面同意を得なければならならず、かつ最長15日を超えてはならない。
  4. 第14条第2項
    労働関係を解除または終了する際に、支払周期未満の月度賞与、四半期賞与、年末賞与は、労働契約の定めに基づき取り扱う。労働契約に定めのない場合、集団労働契約に基づき処理する。労働契約、集団労働契約ともに約定がない場合、企業の社内規則に従い取り扱う。特に約定や定めがない場合は従業員の実際勤務期間により按分し支給する。
  5. 第15条第3項と第4項
    第3項:賃金支給表の保管期限を2年から3年に変更した。
    第4項:使用者は従業員に賃金を支給するとき、紙又は電子形式で従業員に給与明細を提供すべきである。給与明細の内容は賃金支給表と一致しなければならない。従業員は給与明細に異議がある場合、使用者はそれに回答しなければならない。
  6. 第23条
    従業員が罹病又は非公務負傷により勤務を停止し治療を受ける場合、国家に定められた医療期間内において、使用者は従業員本人の正常勤務時間給与の60%で病欠期間の給与を支給する。但し、深セン市の最低賃金標準の80%を下回ってはならない。
  7. 第28条
    従業員要因ではなく、使用者の操業停止となったとき、操業停止日から起算し1賃金支払周期(最長30日)を超えない場合、会社は正常勤務時間給与の標準で給与を支給する。1賃金支払周期(最長30日)を超えた場合、従業員が提供した労働により、双方が新たに約定した標準で給与を支給する。使用者が従業員に勤務をさせなかった場合、経営再開・職場復帰あるいは労働関係解除日まで、深セン市最低賃金標準の80%で労働者に生活費を支給しなければならない。
  8. 第34条
    ① 第1項第2点を削除した。即ち、「使用者は法的に 制定した社内規則に従い従業員に処した罰金」を給与の控除項目から削除した。
    ② 第2項の修正:使用者は毎月に従業員の給与から前項第1項に列挙した費用を控除する前に、書面で従業員に通知し、かつ控除後の従業員給与は深セン市最低賃金標準を下回ってはならない。
  9. 第41条  削除。
  10. 第47条  「摘発・告発」を「告発」に修正。
  11. 第48条
    従業員は使用者が下記のいずれかに該当し、賃金報酬にかかわる合法な権益を侵害したと思うとき、人力資源主管部門にクレームすることができる。
  12. 第49条
    人力資源主管部門は告発又はクレームを受理した後、法律通りに処理し、且つ処理結果を返信しなければならない。
    人力資源主管部門は告発人のことを秘密保持しなければならない。
  13. 第55条
    使用者が下記いずれかに該当する場合は、人力資源主管部門より警告し、期限を定め是正を要求する。期限通りに是正しなかった場合、2万元以上5万元以下の罰金を処すことができる。
  14. 第56条
    使用者が以下いずれかに該当する場合、人力資源主管部門より警告し、期限を定め是正を要求する。期限通りに是正しなかった場合、3万元以上5万元以下の罰金を処すことができる。
    ① 従業員に支給する給与が最低賃金標準を下回ったとき
    ② 妄りに又は故意に従業員への賃金の支払を延長するとき
    ③ 現物など非貨幣のものを賃金として従業員に支払うとき
    上記①、②に該当した場合、人力資源主管部門は法律通りに従業員に賠償金の支払いを使用者に命じる。
  15. 第57条
    告発・クレームをされた使用者が、人力資源主管部門より賃金の支払状況の調査を受けるとき、本単位の賃金支給に関係する資料の提供を拒否したり、事実を隠したり、虚偽資料を提出したりするあるいは関連資料を隠匿・廃棄する場合は、人力資源主管部門が状況の程度により法律通りに処罰する。
  16. 専門用語の修正
    文書における「最低賃金」をすべて「最低賃金標準」に修正した。

今回の条例改定により、給与支給日、途中退職者の賞与、経済処罰などの取り扱いについて、大きな変化があったため、社内規則や労働契約書を見なし、労務リスクを軽減するよう提案します。

規定原文:深圳市第七届人民代表大会常务委员会公告(第六十号)

「深セン市従業員賃金支払条例」に関するQ&A

正常勤務時間給与とは?

回答:正常勤務時間給与について、「条例」には明確な定めがあります。
正常勤務時間給与とは、従業員が正常な勤務時間において会社に労働を提供するため獲得する労働報酬を指します。また、正常勤務時間給与を残業手当や病欠休暇、勤務停止期間給与などの計算基数にするのが一般的です。

また、正常勤務時間給与には以下のものを含みません。

① 残業手当
② 夜勤手当
③ 高温手当・低温手当
④ 坑内・有毒有害などの特殊な作業に関する補助金
⑤ 社会保険費
⑥ 社会保険会社負担分
⑦ 労働保護費
⑧ 福利費
⑨ 労働契約解除時の一回性補償金
⑩ 計画生育手当や奨励
⑪ 支払周期が1カ月以上となる給与(四半期賞与、年度年賞与、年末賞与、四半期・半年・年間で計算する業績給与、一回性賞与・手当・補助金など)

正常勤務時間給与は労使双方が労働契約書に約定することになりますが、最低賃金を下回ってはなりません。

当月分の給与をいつまでに支給しなければなりませんか?

回答:労働組合又は従業員本人の同意を得た場合を除き、通常、12日までに前月度の給与を支給しなければなりません。
「条例」第11条と第12条によれば、従業員への月給は支払周期満了後の7日以内に支給しなければならず、何らかの理由があり期限通りに支給できない場合は、支払日を5日延長することができます。即ち、遅くても支払周期満了日の12日以内に支給する必要がございます。また、会社が経営困難の原因で5日以上延長しようとする場合は、会社の労働組合又は従業員本人から書面同意を得ることが条件となり、且つ15日までの延長が限度となります。
月度に途中採用で入社した従業員に対して、勤務期間が1カ月未満の入社当月の給与については、実際な勤務日数で計算した給与を当月給与の支給日に支払うことができますし、翌月度の給与とともに支払うことも可能です。
(例)
ある会社の給与支給日は毎月の7日に前月度の給与を支給する。某氏が7月10日に入社した。
①会社は何らかの理由で8月7日に7月度の給与を支給できなかった場合、8月12日までに支払うことが法的に認められます。さらに、労働組合又は従業員本人の書面な同意文書を得た場合、8月22日までに支払えば問題ありません。
②某氏7月度の給与については8月に支給することができますし、8月度の給与と共に9月に支給することも可能です。

会社は25日に前月度の給与を支給することになりますが、問題ありますか?

回答:関連法律法規及び深セン市の司法実務からすると、「条例」に定めた期限内に給与を支給しなかった場合は、労働者が「労働契約法」第38条第(二)項「期限通りに労働報酬を満額支給しない」の規定により労働契約を解除し、且つ経済補償金の支払いを要求することができますので、労務リスクが高いと思われます。
労務リスクを回避するため、企業の給与支払日を「条例」の規定に従い調整するよう提案します。

会社は途中離職の従業員にボーナスや年末賞与を支給する義務がありますか?

回答:賞与考課期間中に離職した従業員に対する賞与支給の有無については、「条例」改訂前、従業員の実際の勤務期間により按分し支給しなければなりませんでしたが、改訂後は、労働者との約定や社内規則の規定に従うことになります。
即ち、労働契約又は社内規則に「賞与の支給対象は支給日に在職する者に限る」など支給対象や支給条件を明確に定める場合、途中離職の従業員に賞与を支給しなくても良いです。一方、双方に約定がないあるいは社内規則に定めがない場合は、実際の勤務期間により日数按分で計算し支給しなければなりません。
今回の改訂により契約自由と会社の自主経営権への尊重をより一層強化したと見えますが、実務上では、労務リスクを回避するため、社内規則の合法性だけではなく合理性も考慮し、賞与の考課条件や考課手順なども定めて、賞与の支給体制を整備するよう提案します。

残業手当を法律通りに支給する前提で、月次の残業時間が36時間を超えても良いでしょうか?

回答:「労働法」第41条「雇用単位は、生産経営の必要により、労働組合と労働者とが協議を経た後に、労働時間を延長することができる。但し、一般的には1日1時間を超えてはならない。特段の事由によりこれ以上労働時間の延長が必要となる場合は、労働者の身体の健康を保障する前提で1日3時間を超えてはならない」、また「労働保障監察条例」第25条「雇用単位が労働保障法律・法規又は規定に違反し、労働者の勤務時間を延長した場合は、労働保障行政部門が警告を与え、期限内での是正を命じ、且つ権利侵害された労働者の人数により一人当たり100元以上500元以下の基準で罰金を科すことができる」という定めがあります。即ち、法律通りに残業手当を支給すると言っても、月次の残業時間が法定の36時間を超えると、行政罰を課される恐れがあります。
行政処罰の罰金標準については、「深セン市労働監察行政処罰自由裁量標準」に従いますが、深セン市人力資源と社会保障局が2021年12月30日に公布した「深セン市労働監察一般性違法行為減軽処罰リスト(第1回)」によれば、①生産経営の必要に迫られ、且つ民主プロセスを経て残業代も全額支給した。②自ら是正した又は行政機関に命じられた期限内に是正し、人身傷害などの危害を与えなかった、という2つの条件を同時に満たすならば、処罰を軽減することができます。但し、規定上の緩和になったにもかかわらず 、従業員に厳重に長時間残業をさせる場合、労働部門に警告や罰金などの行政処罰を処されるリスクがありますので、残業時間を適宜にコントロールすることを提案する。

会社の要因で操業停止となる場合、その期間の給与についてどのような標準で支給するか?

回答:「深セン市従業員給与支払条例」第28条の規定によれば、非従業員の原因で会社が操業停止やラインストップをした場合、操業停止日からカウントし、操業期間の長さによって下記の標準で給与を支給する。
1) 一つの給与支給周期(最長30日)を超えない場合は、正常勤務時間給与で支払う。
2) 一つの給与支給周期を超えた場合
① 労働を提供した場合、従業員の提供した労働により双方の新たに約定した給与標準で支払う。
② 労働を提供しなかった場合、深セン市最低賃金の80%で生活補助金を支給する。
記:
① 現時点では、深セン市最低賃金(月給)は2360元である。
② 一つの給与支給周期は最長30日を超えない(休日や祝日なども含める)。
③ 操業停止後操業再開、その後再び操業停止となった場合、操業停止日数の計算は累計計算ではなく、直近の停止日から改めてカウントする。

従業員の勤怠表、給与表などはいつまで保管しなければならないか?

回答:人事資料の保管期間について法律上では明確な定めがありませんが、勤怠記録、給与表については「条例」で3年間の保存を要求しています。
実務上、従業員解雇・労働契約解除、給与支給などに関する労働争議において、上記保管期限(3年)内の立証責任は会社が負うことになり、立証できなかった場合、すべての不利結果を負わなければなりません。一方、3年を超えた部分の立証は従業員の責任となります。
また、「条例」第53条第1項の規定によれば、規定通りに給与表を作成しなかった又は保存しなかった会社に対して、人力資源主管部門は警告し、期限内での是正を命じ、期限切れで是正しなければ3万以上5万以下の罰金を課す。
よって、勤怠記録や給与表などは最低3年間で保存することを提案します。

会社は、社内規則に違反した従業員に対して経済的な罰金を課していますが、法的に問題ないでしょうか。

回答:現行の「深セン市経済特区調和のとれた労使関係促進条例」第16条には、使用者が社内規則に従い、労働者に経済的な処罰を行うことができるが、一回又は当月累積の金額が当該労働者の当月給与の30%を超えてはならない」という定めがありますが、実務上では、2019年5月より施行した「広東省労働保障監察条例」第50条「使用者は、社内規則に労働者に罰金を処する定めがある、若しくは法的な依拠がなくみだりに労働者の給与を差し引く場合、人力資源主管部門より是正を命じ警告する。使用者は労働者に罰金を科した又は法律依拠がなく労働者の給与を差し引いた場合、人力資源主管部門が期限を定め是正を命じる。期限内で是正しなかった場合、処罰または給与差し引きの従業員人数により一人当たり2000元から5000元までの標準で罰金を処する」という規定により、会社には行政処罰権がなく、従業員に罰金を科することができないという認識が一般的です。
また、今回の「条例」も会社の経済処罰の控除に関する内容が削除されたことから、今後、会社の罰金処罰の権利をより一層制限されることが推測されます。社内規則を見直し罰金関連の内容を削除するよう提案します。

会社は、病気休暇を取った従業員に病欠期間の給与を基本給で支給するが、問題ないでしょうか?

回答:給与構成によって異なりますので、一概には言えません。「条例」第23条「従業員が罹病又は非公務負傷で勤務を停止し医療を受ける場合、国の定めた医療期間において、会社は当該従業員本人の正常勤務時間給与の60%以上の標準で給与を支給すべきである。但し、最低賃金の80%を下回ってはならない。」。また、「広東省給与支給条例」第8条「使用者と労働者は正常勤務時間給与を労働契約書に明確に定め、且つ所在地当年度の最低賃金を下回ってはならない。約定が無い若しくは約定不明の場合、使用者の所在地の前年度従業員平均給与を正常勤務時間給与とする。実際に支給した給与が所在地の前年度従業員平均給与を上回った場合、実際に支給した給与を労働者と約定した正常勤務時間給与とみなす」。
即ち、病欠休暇の支払標準は、労働契約書などに約定した正常勤務時間給与に基づき支給しなければなりません。仮に、基本給が正常勤務時間給与であると労働契約書に明確に定めている場合、基本給又は基本給の60%で支給することは問題ありません。一方、約定がなければ、深セン市前年度従業員平均給与又は給与総額のいずれか高い方の60%で支給しなければなりません。
注記:
深セン市前年度従業員平均給与は12964元です。(2022年8月時点)

従業員の原因で会社に経済損失をもたらした場合、会社は給与から直接にその賠償金 を差し引くことができますか?

回答:「条例」第34条によれば、会社は、従業員の原因で会社に経済損失をもたらした場合の賠償金を給与から差し引くことができます。控除にあたり、事前に書面で従業員に通知する必要がありますので、規定を踏まえて取り扱うよう注意してください。

寄稿者:隆安律師事務所 方君婷弁護士