BEPS2.0 Pillar 2
前回のコラム [1]でBEPS2.0 Pillar 1が、新しい業態である巨大IT企業に対して、従来のPE課税の世界では税を捕捉できない市場国への新たな課税権の配分を意図して導入が
検討されたが、これに対してPillar 1の導入によって直接不利益を被るアメリカの反対により、その具体的な実施が暗礁に乗り上げた形となっていることを説明した。今回はBEPS2.0のもう一つの柱であるPillar 2について触れていくことにする。前回の復習になるが、Pillar 2の導入の目的は、デジタルエコノミーの進展によって、物理的な制約のないビジネス拠点の移動が可能になったことに伴う、各国のIT企業誘致合戦に端を発した法人税率の引き下げ競争に歯止めをかけることであった。これがいろいろな検討を経て、いわゆるグローバル・ミニマム課税という形で結実したのである。ただ、このグローバル・ミニマム課税はやたら複雑なルールとなっている。この辺の背景について触れていく。
グローバル・ミニマム課税をめぐる利害関係
グローバル・ミニマム課税のベーシックコンセプトは、多国籍企業の低税率ショッピングを防止する国際的協調だといえる。これは、一見総論として非常に望ましい状態を実現するための大きな枠組み作りで、BEPS1.0で制限をかけた各国の税制の隙間を利用して節税を行う各種税務スキームの利用のモチベーションを下げることにもつながる側面もある。この点少なくとも公平公正な税制を望む一般市民的感覚からすると当然あるべき方向性のように思える。
しかしながら、グローバル・ミニマム課税に対して好ましく思わない国・地域も、数としては少なからず存在する。たまたまデジタルエコノミーが到来したことをチャンスととらえて、バーゲンセールのような低税率を場当たり的に提示している国々とは異なり、例えばNACの本拠地香港のように、シンプルで透明性の高い税制のもと長期にわたり政府をスリム化して企業活動を極力阻害しないように低税率の維持に努めてきた国・地域からすると、グローバル・ミニマム課税はある意味迷惑な話であるといえよう。また別の側面として、開発途上状態を打破するための資本の呼び込み、国家のハイテク化をめざした産業近代化への優遇措置、ないし特定産業育成等の観点からして特定の産業に政策的低税率を提示してきた国や地域にとっても、グローバル・ミニマム課税は、このような政策のフレクシビリティの手足を縛るものと映るに違いない。
グローバル・ミニマム課税の税率計算
このように、国や地域によってグローバル・ミニマム課税に対するさまざまな本音がくすぶる中で、密かにグローバル・ミニマム課税を骨抜きにしようという企みがあっても何らおかしくはない。グローバル・ミニマム課税は、世界のどこで稼いだ利益についても最低税率15%を下回らないようにするための仕組みであるが、ここで注目すべきはその税率計算である。税率とは言うまでもなく、税額を課税所得で割ったものである。この課税所得の計算がそう簡単ではない。企業会計の世界においては一般に公正妥当な会計基準という概念が存在し、近年では国際会計基準を中心として、全世界的な会計基準の標準化傾向が強まっている。したがって、少なくとも国際会計基準ないしそれに準じる会計基準を採用している国・地域における会計上の当期純利益計算は近似同一化しているといえよう。これに対して課税所得計算は国ごとにまちまちである。会計と異なり税法には普遍的ないし標準的な税務基準などは存在しない。また、課税ルールについても各国における政府の財政状況や利益団体等の政治的な圧力等にさらされており、法律として国会の承認を得なければならない。この結果として国際社会に配慮して他国と足並みをそろえるというモチベーションが働きにくい構造となっている。
日本は法人税申告に確定決算主義を採用している。確定決算主義とは、会計上の決算作業を通じて算出された利益に基づいて税務申告を行わなければならないという考え方である。もちろん会計と税務の違いについては調整が入るのであるが、会計上の利益が税額計算のスタートラインという意識がある。ところが国によっては、課税所得計算は会計上の利益とは無関係であると位置付けている。イメージでいうと、税務会計は、会計とは異なる税務上の仕訳の集積からなるという考え方である。このような場合課税所得が会計上の利益と全く整合性が無く乖離していても問題とならない。ここで課税所得を意図的に低くなるようにすれば、税率が高いまま税額を安くできる。このような問題に対処するために、グローバル・ミニマム課税の税率計算では、分母に課税所得ではなく会計上の税引前当期純利益を使うこととし、国ごとの違いを最小にするとともに、恣意的な課税所得計算を防止している。また、その上に分母分子の両方に複雑な調整を入れて、恣意的な税率計算を防いでいるのである。
グローバル・ミニマム課税はEUスタイル?
このようにグローバル・ミニマム課税は、国ごとの特徴を極力反映させない形で細部にも調整を入れ標準化をはかっている。これはEUがありとあらゆることの方向性をEU指令という形で標準化し、加盟国の政策的フレクシビリティを制限しているEUスタイルともいえなくもない。もちろん、各国はグローバル・ミニマム課税を採用するかどうかについて、それぞれの国の国会の決議を経て決めるわけだから、必ずしも立法権を奪われているわけではない。ただ、今更うちはやりませんとは言えない雰囲気に満ち満ちていることは確かで、このあたりのEU主要国の手腕はさすがというしかない。
次回は空気を読まなくてもいい唯一の大国アメリカが、グローバル・ミニマム課税に対してどういうリアクションをしたかについて触れていくことにする。
飯村 鉄雄(Iimura Tetsuo) / NAC顧問(香港常駐)及びグループ国際税務室長
デロイトトーマツ税理士法人東京事務所ビジネスタックスサービス(マネージングダイレクター)、PwC税理士法人東京事務所(パートナー)、大手損害保険会社国際税務リーダー等を経てNAC顧問就任。東京大学法学部卒、日本国公認会計士有資格者。