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マレーシア進出で日本企業が最初に検討すべき5つの論点(3)~論点② 人件費・駐在員・労働許可~

日本本社⇔マレーシア子会社の人件費の流れ

マレーシア子会社を設立した日本企業の多くは、日本本社から駐在員を派遣します。設立初期には、日本本社の従業員がマレーシア子会社の業務を兼務・支援するケースも珍しくありません。

このとき、シンガポール進出と同様に「人件費をどちらが負担するか」「どのように精算するか」が問題になります。

典型的なパターンは以下の3つです。

パターン1:日本本社が給与を支払い、子会社にリチャージ(費用請求)する

駐在員の給与・社会保険料・福利厚生費などを日本本社が一旦立て替え、後日マレーシア子会社に請求する方式です。日本企業で最も多く採用されているパターンといえます。

パターン2:マレーシア子会社が直接雇用・支払する

駐在員をマレーシア子会社の現地採用として雇用し、給与もマレーシアで支払う方式です。日本での社会保険継続などの論点が生じます。

パターン3:日本本社とマレーシア子会社で分担して支払う

基本給は日本本社、海外手当は子会社など、費目ごとに分担する方式です。管理が複雑になりますが、税務・社会保険の最適化を図る目的で採用される場合があります。

いずれのパターンでも、「誰が」「何を」「どのような根拠で」負担するのかを明確にしておかないと、税務調査で問題となる可能性があります。マレーシアでは移転価格税制が厳格に運用されており、グループ内取引の価格設定根拠は必ず確認されると考えておくべきです。

社会保険(EPF・SOCSO・EIS)の負担

マレーシアの社会保険制度は、シンガポールのCPF(単一制度)とは異なり、3つの制度で構成されています。駐在員・現地採用社員の雇用にあたり、それぞれの制度を理解しておく必要があります。

EPF(Employees Provident Fund:従業員積立基金)

老後の生活資金を積み立てる強制貯蓄制度です。

外国人従業員(駐在員含む)については、EPFへの加入は原則「任意」です。ただし、マレーシアの永住権保持者は強制加入となります。

外国人駐在員がEPFに加入しない場合、雇用コストは抑えられますが、退職時の積立金返還というメリットもなくなります。また、加入しない場合でも、同等の退職金制度を日本本社側で維持しているかが、人材確保の観点から重要になります。

SOCSO(Social Security Organisation:社会保障機構)

労災保険・障害年金に相当する制度です。

外国人従業員についても、2019年以降は加入が義務化されています。ただし、適用される給付内容はマレーシア人とは一部異なります。

EIS(Employment Insurance System:雇用保険制度)

失業給付・再就職支援に相当する制度で、2018年に導入されました。

外国人従業員は、EISの対象外です。

社会保険負担のまとめ(外国人駐在員の場合)

制度 雇用者負担 雇用者負担 外国人の適用
EPF 12〜13% 11% 任意
SOCSO 1.75% 0.5% 強制
EIS 0.2% 0.2% 対象外

シンガポールのCPFと比較すると、マレーシアの社会保険負担は低く抑えられますが、外国人の適用関係が複雑です。また、EPFに加入しない場合でも、人件費リチャージの計算においてどのように扱うかを整理しておく必要があります。

労働許可(EP・PVP)取得の実務

マレーシアで外国人が就労するためには、労働許可(Employment Pass)の取得が必要です。近年、審査が厳格化しており、シンガポールと同じ感覚で申請すると却下されるケースが増えています。

Employment Pass(EP)の主な要件

審査厳格化の背景

マレーシア政府は、自国民の雇用保護を重視する政策を強化しています。特に、マレーシア人で代替可能と判断される職種・ポジションについては、EPの申請が却下されるケースが増えています。

また、会社全体の外国人比率、マレーシア人の幹部登用状況なども考慮される場合があり、「日本人駐在員を何人でも派遣できる」という状況ではなくなっています。

Professional Visit Pass(PVP)

短期間の業務(技術指導、監査、研修など)のために渡航する場合、Employment Passではなく Professional Visit Pass(PVP)を取得する選択肢があります。

PVPの有効期間は最長12ヶ月で、マレーシア国内での就労が認められますが、マレーシア国内の会社から給与を受け取ることはできません(日本本社からの給与支払いは可能)。

ただし、PVPを繰り返し取得して実質的に長期駐在するような運用は、当局から問題視される可能性があります。また、前述のとおり、サービスPEの観点からも滞在日数の管理が重要です。

Dependent Pass(帯同家族ビザ)

駐在員の配偶者・子女は、Dependent Passを取得することでマレーシアに滞在できます。配偶者がマレーシアで就労する場合は、別途就労許可が必要です。

申請スケジュールの注意点

EP/PVPの申請から承認までには、通常4〜8週間程度を要します。書類の不備や追加質問があれば、さらに長引く可能性があります。

駐在員の赴任スケジュールを決める際は、労働許可の取得期間を十分に見込んでおく必要があります。「会社設立が完了したらすぐに赴任」という計画は、現実的ではない場合が多いです。

実務でよくある誤処理例

人件費・駐在員に関連して、税務調査や監査で指摘されやすい誤処理例を挙げます。

誤処理例1:リチャージ契約書が存在しない、または計算根拠が不明確

シンガポールと同様、日本本社からマレーシア子会社への人件費リチャージについて、正式な契約書がない、または計算根拠が曖昧なケースが多く見られます。

マレーシアでは移転価格文書化の要件が厳格であり、年間売上高が一定額を超える会社は移転価格文書(Transfer Pricing Documentation)の作成が義務付けられています。人件費リチャージも移転価格税制の対象となるため、計算根拠を明確に文書化しておく必要があります。

誤処理例2:駐在員の個人所得税の処理誤り

駐在員の給与のうち、日本本社から支払われる部分についても、マレーシアでの勤務に対応する部分はマレーシアで個人所得税の課税対象となります。

「日本で支払っているからマレーシアでは申告不要」と誤解し、申告漏れとなっているケースがあります。事後的に発覚した場合、追徴税額に加えてペナルティが発生します。

誤処理例3:社会保険の届出漏れ

SOCSOへの届出・納付を失念しているケースがあります。特に、設立直後で経理体制が整っていない時期に発生しやすい問題です。

届出・納付の遅延にはペナルティが課されるほか、労災発生時に給付が受けられないリスクもあります。

誤処理例4:労働許可と実際の業務内容の不一致

EP申請時に記載した職務内容と、実際にマレーシアで行っている業務内容が乖離しているケースがあります。更新申請時や入国管理局の調査で発覚した場合、EP取消・国外退去のリスクがあります。

また、EP保持者がマレーシア子会社以外の会社(日本本社や他のグループ会社)のために業務を行うことは、原則として認められていません。複数の会社の業務を兼務する場合は、事前に適切なビザ・許可を取得する必要があります。

誤処理例5:日本側での寄附金認定

マレーシア子会社へのリチャージ金額が実際の人件費を下回っている場合、日本の税務当局から「差額は子会社への寄附金」と認定される可能性があります。これはシンガポールの場合と同様のリスクです。

逆に、リチャージ金額が過大な場合は、マレーシア側で損金算入が否認されるリスクがあります。リチャージ金額の設定は、両国の税務リスクを考慮して慎重に行う必要があります。

人件費・駐在員の論点は、日本企業のマレーシア進出において最も身近でありながら、誤りが生じやすい領域です。労働許可の取得難化、移転価格税制の厳格化、社会保険制度の複雑さなど、シンガポールとは異なる点を理解し、進出前に適切な設計を行うことが重要です。

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(注)本記事は掲載時点の情報に基づき、一般論として執筆しております。法令等は改正される場合がありますので、実務に適用される際は、最新情報のご確認および専門家へのご相談をお勧めいたします。