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賃上げに追いつかぬ質、越の労働者

「チャイナ・プラス1」が叫ばれて久しい中、華南に隣接するベトナムはかねてその有力候補とみなされてきた。しかしベトナムも華南同様、賃金水準は上昇し続けている。さらに問題なのは、労働生産性向上のスピードが賃金上昇を下回ってしまっている点だ。

今から6年ほど前、チャイナリスク対策を考える日本企業がベトナムに向けるまなざしは総じて熱いものがあった。「人件費が安い一方で勤勉」というベトナム人労働者のイメージが行き渡っていたことが大きい。だが当時既に、実際に進出したメーカーの現地拠点では、特に華南経験がある日本人駐在員らから「勤勉さでは中国人に軍配が上がる」という声があった。筆者自身、その頃訪れた首都ハノイの工業団地で、工場を操業する日系メーカーの駐在員からこの手の話を聞かされた経験がある。

最低賃金でみた場合、ベトナムの上昇率は高いといえる。ベトナム政府が1月1日に施行した今年の月額最低賃金は、昨年の 140 万~200 万ベトナム・ドン(約 6,500~9,300 円)から 165 万~235 万ドンに改められた。率にして 16.1~18%。5月から適用された広東省東莞市の月 1,310 人民元(約2万円)、3月から適用された深セン市の月 1,600 元と比べればまだはるかに安いが、上昇率の高さは留意要だろう。さらにベトナムでは、賃金面を含めて従来よりも労働者保護に軸足を置いた新しい労働法が5月1日に施行された。同法施行後は、企業の経営コストが一段と増えるとの見方が強い。

賃金が上昇していても、生産性が少なくともそれに見合って上がっていればよいのだが、実態が逆であることを示す調査結果は過去半年ほどさかのぼっただけでも幾つか出ている。昨年 11 月には世界銀行とベトナム政府当局が共同で実施した調査で、外資系企業の 60%以上が「労働者のスキル不足で生産性を向上できない」と回答したことが判明。同年 12 月には国際労働機関(ILO)が世界賃金報告の中で、ベトナムの賃金上昇率は労働効率上昇率の3倍以上にも上っていると断じた。ILOによれば、労働効率の上昇率が賃金上昇率を上回るのが世界の主流。つまり、ベトナムはこのパターンが当てはまらない珍しい国というわけだ。

総人口(2011 年時点で約 8,880 万人)に占める熟練労働者の比率は約2割といわれ、進出済みの日系企業も必要な人材確保に悩むケースが少なくないとされる。国際協力銀行(JBIC)が毎年行っている日本の製造業企業の海外直接投資アンケート調査の最新版(2012 年版)で、ベトナムは中期的(今後3年程度)に有望な事業展開先国・地域の5位にランクされたが、11 年版の4位からは1ランクダウン。1~4位は中国、インド、インドネシア、タイの順だった。ベトナムの課題としては、「インフラが未整備」、「法制の運用が不透明(頻繁な変更など)」に続き、「管理職クラスの人材確保が困難」、「労働コストの上昇」を挙げる回答企業が多かった。

もっとも、有望な理由として、「現地マーケットの今後の成長性」に次いで、「安価な労働力」、「優秀な人材」がそれぞれ2位、3位につけており、労働力・人材面での期待が依然として大きいのもまた事実。進出や事業拡張に当たってこれらがリスク要因のひとつであることも把握した上で、ほかの諸条件と合わせてしっかりと総合判断していくことが肝要といえそうだ。(NNA香港 [1]