毎年恒例行事のおさらいですが、今月は丁度旬のトピックである給与所得税の申告と計算について解説します。毎年4月に入ると、香港税務局(IRD, Inland Revenue Department)から給与所得税(Salaries Tax)に係る申告フォームが雇用主宛に発行され、その後、個人宛にも別途申告フォームが発行されます。各フォームとも申告期限があり、提出を怠ると罰則の対象になる可能性があります。本稿では、申告から納付までの流れ(年度により若干変更される可能性があります)と税額の基本的な計算方法を解説します(なお、ここでは雇用開始時、雇用解除時並びに離港時の届出は割愛しています)。
目次
1. 雇用主支払報酬申告書(Employers’ Return, Form B.I.R.56A & I.R.56B)
毎年4月頭にIRDより雇用主(会社)宛に雇用主支払報酬申告書が発行されるので、雇用主はそれに税年度期間(前年度4月~今年度3月)内に支給した給与手当を、従業員各個人別に記載し、発行日から1ヶ月以内にIRDへ提出する必要があります。
2. 個人所得税申告書(Tax Return – Individuals, Form B.I.R.60)
毎年5月に入ると、IRDから個人宛に個人所得税申告書が届けられるので、会社から受領した給与支給状況表(=上述Form I.R.56B)の写しを基に、給与賃金、休暇手当、コミッション、賞与、教育費、本国支給の給与手当および会社負担の家賃・税金等を記入して、発行日から1ヶ月以内にIRDへ提出する必要があります。なお、ここでは雇用主からの給与所得手当に限らず、その他の事業収入等も含みますのでご留意ください(個人事業主の場合に限り、当該申告書の申告期限は、その発行日から原則3ヶ月以内となります)。
3. 確定税額通知書(Assessment Demanding Final Tax & Notice for Payment of Provisional Tax, Form I.R.C.6401)
その数ヶ月後(大体8月~12月頃)、IRDは、上述した雇用主支払報酬申告書と個人所得税申告書を基にして給与所得税を算出し、計算結果と共に確定税額通知書を各個人宛に送付してきます。この通知書では、翌年度分の税金も前年実績を基準に算定されています(予定納税制度)。特に香港勤務初年度においては、原則として最初の2年分をまとめて納税する必要がある点にご留意ください(雇用開始通知書(Form I.R.56E)を提出し、かつ予定個人所得税申告書(Form B.I.R.60C)が発行される場合は、先に初年度分の予定納税が必要となります)。また、実際の納税期限は、確定税額通知書上に明記されていますが、通常、申告書を提出した該当年度の税額全額と翌年度の予定納税分の75%の合計額が翌年1月上旬までに、残りの25%が翌年4月上旬までに支払われることとされています。
4. 出向されている方が注意すべき点
各申告書にはいろいろな記入欄がありますが、特に次の項目は税額にかなり影響しますのでご注意ください(昨今香港駐在員のまま日本へ一時帰国され、双方で納税義務が発生しているケースが多く見受けられるため、二重課税防止対策も重要です)。
- 住宅手当分を給与に含めて支給すると、そのまま給与総額の一部となって課税されますが、会社が社宅として無償貸与または実費清算する場合には、現物支給扱いで給与総額の10%相当額(ホテルの場合は4%または8%相当額、ただしサービスアパートは社宅扱いとなります)のみが加算されることとなり、通常香港にて支払う賃貸相場を考慮すると有利となる可能性があります(2022/23年度以降、10万香港ドル(※2024/25年度より、2023年10月25日以降に生まれた子女と同居かつ扶養する場合、子女が18歳になるまで12万香港ドルとなる予定)を上限とする住宅家賃控除額の施行により、会社の役員や従業員への賃貸スキームの税効率は、個別に確認が必要と考えられます)
- 会社が個人所得税を負担する場合、その負担分は手当扱いとなり課税対象となります。
- 親会社から出向されているケースで、香港での役務提供の対価としての日本支払いの給与諸手当(留守宅手当等)や出張日当がある場合には、香港に源泉があるとみなされますので、香港にて課税対象となります。
- 会社が負担するお子様の教育費については、本来親が負担すべきものとみなされますので、香港にて課税対象となります。
- 会社が駐在員の一時帰国のための福利厚生として支払う旅費交通費もまた、出張旅費交通費とは区分して、課税所得に含める必要があります。
- 給与所得に加え、不動産を所有し、賃貸収入がある場合には不動産所得、香港にて個人事業収入がある場合は事業所得を記入する必要があります。
- 不動産所得・給与所得・事業所得を合計し、総合課税を受けることができるパーソナルアセスメントという方法があり、これを適用することで給与所得のみに認められる控除や事業所得の繰越損通算を適用することができ、所得のパターンによっては有利となりますが、給与所得のみの場合、通常メリットはありません。
- 香港における適格繰延年金保険制度や適格任意MPF制度に加入しておれば、一定の所得控除を享受できます。
- 近年給与報酬体系の多様化もあり、雇用主(日本本社を含む)からストックオプションやストックアワード(RSU, Restricted Stock Unit)が付与されるケースも見受けられますが、従業員の方々が、雇用契約上の役務の対価としてそれらを受取る場合、単純にキャピタルゲイン非課税とはならないため、注意が必要です。
17/18年度課税所得(香港ドル) (以前) |
24/24年度課税所得(香港ドル) (18/19年度以降現行) |
||
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0 ~ 45,000 | 2.00% | 0 ~ 50,000 | 2.00% |
45,001 ~ 90,000 | 7.00% | 50,001 ~ 100,000 | 6.00% |
90,001 ~ 135,000 | 12.00% | 100,001 ~ 150,000 | 10.00% |
150,001 ~ 200,000 | 14.00% | ||
135,000超 | 17.00% | 200,000超 | 17.00% |
人的所得控除項目(香港ドル) | 17/18年度 (以前) |
23/24年度 (18/19年度以降現行) |
24/25年度 (予定) |
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基礎控除 | |||
未婚者 | 132,000 | 132,000 | 132,000 |
既婚者 | 264,000 | 264,000 | 264,000 |
子女控除 | |||
第一子から第九子まで | 各100,000 | 各130,000 | 各130,000 |
(誕生年度の場合) | 200,000 | 260,000 | 260,000 |
扶養父母・祖父母控除 | |||
納税者と同居/別居(60歳以上) | 各92,000/各46,000 | 各100,000/各50,000 | 各100,000/各50,000 |
納税者と同居/別居(55歳~59歳) | 各46,000/各23,000 | 各50,000/各25,000 | 各50,000/各25,000 |
扶養兄弟姉妹控除 | 各37,500 | 各37,500 | 各37,500 |
寡婦(夫)控除 | 132,000 | 132,000 | 132,000 |
障害者扶養控除 | 75,000 | 75,000 | 75,000 |
自己障害者控除 | 無 | 75,000 | 75,000 |
業務上必要な自己学習費用控除(限度額) | 100,000 | 100,000 | 100,000 |
住宅借入金控除(限度額) | 100,000 | 100,000 | 100,000 |
MPF自己負担分控除(限度額) | 18,000 | 18,000 | 18,000 |
介護老人福祉施設控除(限度額) | 92,000 | 100,000 | 100,000 |
適格医療保険制度任意負担控除額(限度額) ※19/20年度に追加された控除項目 |
無 | 8,000 | 8,000 |
繰延(据置)年金MPF任意負担控除(限度額) ※19/20年度に追加された控除項目 |
無 | 60,000 | 60,000 |
住宅家賃控除額(住宅不動産無所有が条件) ※22/23年度に追加された控除項目 |
無 | 100,000 | 100,000 |
23/24年度給与所得(賞与含む)が600,000、 会社負担の社宅家賃が180,000であった場合(香港ドル) |
住宅現物支給時 | 住宅手当支給時 |
---|---|---|
給与所得(賞与含む) | 600,000 | 600,000 |
社宅手当 | 60,000 | 180,000 |
減算:基礎控除 | -132,000 | -132,000 |
減算:住宅家賃控除 | 0 | -100,000 |
課税所得(上記控除のみ考慮しMPF他控除無考慮) | 528,000 | 548,000 |
所得税額 | 71,760 | 75,160 |
特別税額控除 | -3,000 | -3,000 |
確定税額(予定納税無考慮) | 68,760 | 72,160 |
5. 税額の算定方法と控除項目
給与所得税の税額は、次のいずれかで計算した結果の少ない方となります。
- 人的控除前の課税所得に2023/24年度の標準税率15%を乗じた金額(※2024/25年度より5百万香港ドルまで15%、これを超える金額に対し16%となる予定);または
- 所得から人的及び所得控除額等を差引いた課税所得に、2023/24年度の2~17%までの累進税率を乗じた金額
このほか、寄付金控除(所定の費用控除後の所得額の35%が限度額)などがあります。
6. 20223/24年度の特別控除
2006/07年度から2022/23年度まで継続して実施されている「1回限りの特別控除」が23/24年度でも実施されることが見込まれています。2023/24年度の最終所得税額に対し、上限を3千香港ドルとする100%の控除を享受できることとなります。従い、例えばある個人の方の2023/24年度のSalaries Taxの最終額が2万香港ドルだとすると、上限である3千香港ドルが控除され、1万7千香港ドルが2023/24年度の最終支払所得税額となります。また、翌年度予納税に反映されるかどうかは来年度審議されますので、上記の例を用いての最終納税額は、前年度予定納税及び基礎控除以外の人的控除を考慮しないこと、並びに現行の累進税率及び累進幅を前提として、1万7千(2023/24年度確定税額)+2万(2024/25年度予定税額)=3万7千香港ドル(計算式は割愛)となります。
以上、香港での申告納税のフローについて解説しました。香港政府としても様々な支援策を打ち出してきた新型コロナウイルス感染症も沈静化し、経済活動の復活が見込まれ、更なる財政赤字を打ってでも経済活動の活発化を促進する措置が期待されていた中、保守的な内容となってしまい、一部市民や各職能団体から、期待外れ措置との指摘と致し方ない意見が混在する結果となりましたが、実際の経済活動促進に対する直接的な施策が多くなったが故とも考えられます。香港は世界中からの投資や世界中との取引によって成り立っているため、世界経済に貢献できる事業インフラや優秀な人材が整っている一方で、人的サービスの更なるクオリティ向上を目指し、欧米とアジアの文化が融合していた香港の魅力が、新たな段階で一日も早く見直されることを心より祈念しています。