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国際税務は経済戦争?!(7)

BEPS行動計画の概要

前回のコラム [6]でBEPS行動計画がどのような理由で制定されるに至ったかについて説明した。ここでBEPS行動計画について簡単におさらいすると、大規模多国籍企業が、各国の税制の隙間や不一致を利用して利益を低税率国に移転させ、納税額を不当に低く抑制しているという事実に対処するための国際的な取り組みの主要成果である。ここで詳細については触れないが、具体的な中身としては、ハイブリッド・ミスマッチ対策、外国子会社合算課税の強化、利子控除制限ルール、有害税制への対抗、租税条約の乱用防止、PE認定の人為的回避の防止、多国籍企業の企業情報の文書化など、これまで国際税務上の問題点と言われているものの代表的な論点が数多く含まれている。「行動計画」という名称は、OECDそのものは国際的課税ルールを変更する権限を有しないので、規範を示すことにより各国に具体的な行動を促すという意味合いで使われている。

BEPS行動計画に法的実効性を持たせる筋道

前回、これに対して各国がBEPS行動計画を有効とする効果的な方策を打ち出さなければ、絵に描いた餅で終わってしまうという点に触れた。このため、各国は税法の改正によりBEPSの基本的概念をそれぞれの国の税制に取り込むことが求められる。このためには、通常各国の国会による承認が必要なことはいうまでもない。しかしこれは一筋縄ではいかないことも事実である。BEPSに関係する各国の税制は、切り離されて独立して存在するわけではなく、他の税法ルールと複雑に絡み合い一体化した形で規定されている。また、その立法趣旨や制定までの経緯はさまざまである。そこに特定の業界の意向が、主として与党議員(日本でいうところの族議員)へのロビイング活動を通じて色濃く反映されている。このように国の税制とは、いろいろな要因によりガチガチに縛られているため、国際協調という漠然としたお題目だけでこれを変えていくのはそう容易ではないのである。

租税条約による実効性の付与

次に考えられたのが、既存の租税条約を改定することによりBEPSの取り決めを各国の税務実務に反映させていくという方法である。これであれば、多くの国では租税条約の取り決めは国内法に優先するため、個別の税法改正を待たずして、各国にBEPSの取り決めを実務上浸透させていくことができることになる。一見うまそうなやり方であるが、これにも重大な問題点がある。それは、租税条約改定交渉にかかる労力と時間である。租税条約の改定は、その準備期間を含めると通常最低数年から長いときは10年以上かかることもある。また、租税条約は通常2国間で締結されている(正式には「所得に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための日本国と○○国との間の条約」というような名称が使われていることが一般的)。このため、日本について考えてみても、相当数の締約国と個別の改定交渉を行わなければならず、さらに全世界レベルで考えると、とてつもない数の租税条約の改定交渉を行わなければならないことになる。これは、不可能とは必ずしも言えないが、BEPSの取り決めに関して全世界レベルで実効性を持たせるためには、極端に言えば数十年レベルの歳月を要することになりかねない。これは、今後の世界経済に想定される絶えまない構造的変化を考えると、遅きに失することになりかねない。

BEPS防止措置実施条約(MLI)の登場

上記のような問題点に直面したOECD租税行政委員会は、これまでにない斬新な方法を考案した。それは、MLI(Multilateral Instrument)と呼ばれるもので、個別の租税条約を改定することなく、一つの包括的な租税条約を複数国で同時に締結することによって、締結する各国に対して一括してBEPS防止措置に関する実効性を担保することができるようにするというものである。ここで一つ疑問に感じるのは、一つの条約では、各国間の税制やBEPSに対する考え方の違いをどう調整するのかという点であろう。そこには巧みな工夫が盛り込まれている。MLI上で従来の租税条約に対して新たに適用しようとする追加ないし改定ルールを列挙するものの、そのうちどのルールを採用するかは加盟国の自由となっている。そして、ある2国間の適用関係でみた場合には、特定の2つの国がともに例えばハイブリッドミスマッチルールの採用を認めている場合に限って、当該2国間の租税条約にハイブリッドミスマッチルールが付け加わるのである。このような仕組みのため、各国は自国の租税条約が自国の主体的な判断なしに他国の意向のみによって書き換えられることはなく、結果的に自国の租税主権を守ることができるのである。

MLIの課題とアメリカの独特の租税条約の位置づけ

このように一見いいことずくめのようなMLIではあるが課題もある。それはアメリカや一部の新興国がMLIに参加していないことである。特にアメリカは2国間協定を重んじる立場もあり、自国の租税条約はすでにBEPS以上に厳しい基準を独自に採用しているためMLIを締結する必要が無いというスタンスをとっている。アメリカは租税条約に関する位置づけも独特で、国内法と租税条約は同等の効力を持つとしている。このため、租税条約が国内法に優先するとは限らず、原則として後から成立した法(後法)が優先することになる(後法優先の原則)。このため、日本が米国企業に租税条約のメリットを与えているのに、日本企業は同等のメリットをアメリカから得られてないというような問題がこれまで起こっている。日本側からすれば由々しき問題であるが、この問題の解決が難しいことも本コラムの読者の方は何となくご理解いただけると思う。

次回はいよいよ日本企業が現在進行形で対応しているBEPS2.0について触れていくこととする。

飯村 鉄雄(Iimura Tetsuo) / NAC顧問(香港常駐)及びグループ国際税務室長

デロイトトーマツ税理士法人東京事務所ビジネスタックスサービス(マネージングダイレクター)、PwC税理士法人東京事務所(パートナー)、大手損害保険会社国際税務リーダー等を経てNAC顧問就任。東京大学法学部卒、日本国公認会計士有資格者。