香港 香港会計税務

[香港会計税務] 香港における組織再編時の心得其の二

前回は、合併制度の具体的な法規が存在しない(2013年12月現在)香港でのグループ内組織再編時に用いられる、事業譲渡に係る課税関係と、考慮すべき項目について触れましたが、今回は当該グループ内組織再編時でも一般的に用いられている、株式譲渡方式を取り上げます。事業譲渡のそれと比較すると、手続きにおける複雑性は減少するものの、株式譲渡方式は大きく分けて、①持分譲渡によるものと、②現物出資によるものとに区分され、会計及び税務上の取扱いに相違点が出てくる可能性もあるため、各々の課税関係と考慮すべき項目について整理しています。

図1 グループ内組織再編 – 株式譲渡

香港に100%子会社を所有する日本親会社H社が、同じく香港に100%子会社を有する同業他社のV社を日本において吸収合併(以下HV社とします)し、その結果、お互いの香港子会社が兄弟会社となり、併存している中で、グループ内組織再編上、香港に存在する子会社のうち、1社をグループの経営管理業務を担う統括会社とし、もう1社を香港内事業会社とするため、元V社の香港子会社(以下X社とします)へ元H社の香港子会社(以下J社とします)の全株式を譲渡するケースについて、勘案すべき項目を下記の通り解説します。なお、X社は中国に100%子会社(以下Z社とします)を従前より保有しているものとします。

  1. 株式譲渡時の課税関係(印紙税)

  2. まず、J社の持分をHV社からX社へ譲渡、または現物出資する際、契約通知書(Contract Note: 成交單據)を作成し、香港税務局(Inland Revenue Department)内の印紙税署(Stamp Office)にて、印紙税(Stamp Duty: 印花税)を納付し、その証明を受ける必要があります。契約通知書には、売却通知書(Sold Note: 售賣單據)及び買取通知書(Bought Note: 購買單據)の二種類があり、当該通知書各々に対し、株式譲渡価格、もしくは株式時価のうち高い方の0.1%の印紙税が通常課されることとなりますが、前回でも触れたグループ内組織再編が目的の場合、一定条件を満たすことを前提に適用される印紙税免除規定が存在します。これは、①同一親会社の持分が90%以上の子会社との譲渡取引であり、かつ②当該譲渡取引後2年間は先述の親子孫会社としての関係が保たれる、すなわち、当該持分を非関連者へ譲渡しないことなどを条件に印紙税を免除とするというもので、今回の株式譲渡時点では、特定の書類提出を伴う諸手続を経て、免税措置を取ることが可能と考えられます。

    表1 香港株式譲渡に課される印花税税率

    課税文書の種類 譲渡価格もしくは譲渡価値に対する税率
    香港株式売買に係る契約通知書 売却通知書及び買取通知書上の譲渡価格もしくは株式時価のうち高い方の0.1%
    任意の生前処分としての事業譲渡 5香港ドル+株式譲渡価格の0.2%
    その他如何なる香港株式の譲渡 5香港ドル
    香港無記名証券(Bearer Instrument: 不記名文書)の譲渡 市場価格の0.3%
    クリアリングハウス(Clearing House: 結算所)による清算 免税

  3. 株式譲渡時の課税関係(譲渡損益)

  4. 次に、グループ内組織再編に関連する持分譲渡、並びに現物出資の場合、最近の日本での税務上の取扱いにおける傾向として、原則としては時価譲渡とされているものの、①実質的にその対象となる資産に対する支配関係が変わらず継続されていると認められ、かつ②当該資産を移転する前後で経済実態に実質的な変更がない場合、帳簿価額による譲渡が認められることが一般的な概念(適格組織再編)となっており、当事者間で自由に資産の譲渡価格を決定できるとされているここ香港では、それに倣うことができると考えられるため、通常香港内で譲渡損益が発生するケースは少ないと考えられます。しかしながら、当該取引から譲渡損益が発生する場合は、前回でも触れた香港税務条例(Inland Revenue Ordinance: 税務條例)上の取扱いについて留意する必要があります。香港利得税(法人及び個人事業)は、香港で事業を行う者に課され、納税者の居住性による区分はなく、大原則としてその課税範囲は、「香港での事業活動から生じる香港内源泉所得」、つまりはレベニューネイチャー(Revenue Nature: 營業性)の損益と規定されており、一方でキャピタルネイチャー(Capital Nature: 資本性)の損益については、非課税取引としての取扱いを受けることとされています。なお、このキャピタルネイチャーとしての取扱いを受けるための明確な判断基準は、香港税務条例上では明文化されていないことより、資産の取得から譲渡に至るまでの目的・経緯及び保有期間などを判例と照らし合わせ、総合的に勘案されることとなるため、単にグループ内組織再編だから大丈夫、という理由だけでは判断できません。

    ここで近年発効されている日港租税協定を考慮してみます。当該取引では、当該譲渡収益を得ることが予測されるのは内国法人であるHV社となり、当該租税協定上、投資性所得については、一方の締約者の居住者が他方の締約国での持分譲渡益を稼得する際、①その資産価値に占める他方の締約者の不動産の割合が50%以上で構成される法人の株式に由来する場合、もしくは②一方の締約者の居住者の所有期間が5年未満の他方の締約者における破綻金融機関株式に由来する場合を除き、当該持分譲渡益は居住地国のみで課税、とされているので、当該グループ内組織再編の中では、譲渡損益に対する香港での課税の可能性は極めて低い、と考えられます。

  5. 株式譲渡後の諸々の税務上の取扱い

  6. 当該グループ内組織再編前に、香港会社であるJ社に税務上の繰越損失が残っていた場合の再編後の取扱いとして、再編後も同様の事業を継続して行う場合は、原則としてそのまま将来の課税所得との相殺に使用することができるとされていますが、その目的が、単に当該繰越損失をグループ内で上手く利用することだけなどと判断される場合、香港税務条例上、否認される可能性がある点にも留意が必要です。

  7. 中国に子会社がある場合の留意点

  8. さらに、当該グループ内組織再編の際、J社には中国子会社は存在しませんが、仮にX社の持分を譲渡、もしくは現物出資する場合には、中国子会社であるZ社が存在することより、Z社の株主自体は変わらないものの、Z社持分の間接的な譲渡となるので、2009年12月に中国の国家税務総局より公布された通達、「国税函[2009]698号」に留意する必要があります。これは、中国法人の持分を所有する外国法人の持分が譲渡される際、①当該外国法人が実効税率12.5%未満である国(もしくは地域)に所在している場合、もしくは②当該国(もしくは地域)の居住者が得る国外所得(国外持分譲渡益を含む)が当該国(もしくは地域)で課税されない場合は、30日以内に当該中国法人を管轄する主管税務機関に報告する義務があると規定しているものです。従って、ここでは仮定の取引となるものの、X社の持分をHV社からJ社へ譲渡する際、一般的には持分譲渡にしても帳簿価額での譲渡となり、現物出資にしてもそもそも譲渡損益が発生する事象とはならないため、上述②が該当することが常であり、中国税務当局への報告義務がある、と解釈されます。

    「国税函[2009]698号」の下、報告義務の対象となる資料
    a. 出資持分譲渡契約書もしくは協議書
    b. 国外投資方(実質支配者)と譲渡される国外の株式を支配している会社との資金、経営、売買等方面における関係
    c. 国外投資方が譲渡する国外の株式を支配している会社の生産経営、人員、財務、財産等の状況
    d. 国外投資方が譲渡する国外の株式を支配している会社と、中国居住者企業の資金、経営、売買等の方面における関係
    e. 国外投資方が譲渡される国外の株式を支配している会社を設立することに合理的な商業目的を有することの説明
    f. 主管税務機関が要求するその他関連資料

    余談ですが中港租税協定上、投資性所得のうち持分譲渡益についても規定があり、譲渡前の12カ月間内で、中国法人の持分25%以上を保有していた場合は、中国側が課税権を有するとあるので、グループ内組織再編の場合は、直接譲渡の観点から見ても中国側での持分譲渡益への課税リスクが介在することが見受けられますが、企業所得税納税義務の回避を企図したグループ内組織再編の濫用ではなく、これに経済的実体及び合理性があると認定される場合に、最近の傾向としては課税の繰延べの方向性が示されています。しかしながら、実務上は上述の関連資料をすべて提出し、経済的実体及び合理性があると考えられても、結局は管轄税務当局に承認されるケースは少なく、中国税務当局が認める第三者評価機関による評価報告書などを基に、関連する資産の公正価値に対し、10%の譲渡益課税を課されることが多いのが実情です。

  9. 株式譲渡に関連するその他法規

  10. 香港では、債権者の権利を守ることを目的とした、事業譲渡(債権者保護)条例(Transfer of business (Protection of Creditors) Ordinance: 業務轉讓(債權人保障)條例)が存在することを前回言及しましたが、株式譲渡による場合は資産と負債の取捨選択がそもそもできず、全権利と全責任を引き継ぐこととなるため、当該条例による影響は軽微であると考えられます。しかしながら、当該グループ内組織再編後、香港内事業すべてを、統括会社となるX社から継続して事業会社となるJ社に移管する場合などは、前回触れた事業譲渡に係る手続きを検討する必要があります(「香港における組織再編時の心得其の一」もまた、ご参照頂けると幸甚です)。ここでは会計及び税務上、関連する事象について触れていますが、事業会社として取引先への通知など、営業上対応すべき業務があるのはもちろんのことです。

    また、香港での労働基準法に当たる雇用条例(Employment Ordinance: 僱傭條例)については、J社の従業員の引継ぎの際、推定解雇と判断されないよう、株式譲渡日までに付与されていた権利(勤続年数、有給休暇や傷病手当など)や待遇については、原則そっくりそのまま引継ぐ必要があります。なお、今回のケースではそっくりそのまま引継ぐこととなるので、これに対する雇用契約更新などは特段不要と考えられますが、万が一、当該グループ内組織再編後、余剰人員の整理が発生する場合は、先述の権利の消化、並びに解雇補償金などを支払う必要性が考えられます。

    その他、H社とV社は元々同業他社のため、事業に係るライセンスはほぼ同様に取得保持していると考えられ、X社とZ社の間でCEPAに係るライセンスが存在する場合であっても、元々の親子関係が崩れるわけではないため、当該CEPAをそのまま継続することができることより、登記更新(名義変更)手続きなどは特段対応することなく、省略できる可能性があります。

以上、香港でのグループ内組織再編時に実施される株式譲渡方式の際、勘案すべき項目を列挙しました。なお、冒頭でも触れた持分譲渡と現物出資の間で、会計及び税務上の相違点が出る点と言えば、税務上の取扱いは同等と考えることができるものの、会計上は金銭の動きを計上するか、増資として認識するかの違いが発生することとなり、さらに増資の場合、香港会社登記処(Companies Registry: 公司註冊處)への登記手続きが1つ増えることとなります。従って、香港における事業譲渡のそれと比較しても、簡易でかつスムーズに進めることができるものの、香港のみならず、日本やその他外国の法規が関わる事象であり、留意点は多分にあることをご理解頂ければ幸甚です。

最後に、前号及び今号とも「合併制度の具体的な法規が存在しない香港」という切り口での文章となっていますが、実は来年春(2014年3月3日)より、新会社条例(New Companies Ordinance: 新公司條例)が施行される予定で、ここ香港でも合併手続を取ることが以後可能となる予定ですので、会計及び税務上の取扱いが多岐に渡る可能性があります。これにより、取得る選択肢もまた増えることとなるものの、複雑なケースが発生する可能性もあるため、くどいようですがウェブサイトや諸々の文献で公開されている情報をそのまま鵜呑みにしたり、日本やその他外国での経験や常識、感覚だけで判断せず、専門家との相談を取り入れながら、慎重に進めていくことが望ましいと思われます。